
1974年10月31日、石川は「無罪」判決を信じて法廷に出ていましたが、寺尾裁判長は「無期懲役」という判決を下したのです。そのとき「ペテンだ」と寺尾を糾弾した山上主任弁護人は昨年末、狭山の勝利を確信して天国に旅立たれました。
2004年10月29日、最高裁判所に補充書を提出しました。栃木県警で長年指紋鑑定に従事した齋藤鑑定人をはじめ大阪府警、福島県警で同じく指紋鑑定をされてきた3人の鑑定書も提出し、「無実」のゆるぎない証拠の前に、裁判所は必ず事実調べを行う・・・行わざるをえない、と確信しています。
![]() |
大詰めを迎えた裁判闘争に全国から多くの人が支援をしてくださり、狭山現調には3日間で400人近い人が来てくださいました。30日は降り注ぐ雨の中の現調でした。現調に来ていただいた皆さん、案内してくださった皆さんありがとうございました。
10月27日は福岡県連嘉山地協、狭山問題を考える添田町民の会、狭山事件を考える古賀市住民の会の皆さんが来てくださいました。
![]() |
![]() |
10月28日は同和問題に取り組む宗教者連帯会議の皆さん
![]() |
![]() |
10月29日は東京日比谷野外音楽堂で狭山集会
10月30日には、筑紫地区住民の会、鈴鹿住民の会(共闘の皆さん)大阪市従、鳥取住民の会、九州ブロック共闘、熊本住民の会、湖南甲賀地協、自治労青年部(120人来てくださいましたが、残念ながら写真を撮ることが出来ませんでした)大阪池田住民の会、福岡市民の会、等の皆さんが来てくださいました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |