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2005年5月20日神奈川県共闘から今年も現地調査に来てくださいました。
石川は「第3次再審は何年かかるか分からないが、勝利するまでとことん闘う。これまで打たれても打たれても立ち上がり闘ってきた。しかし、打たせない裁判にしていかなければならない。法を信じている。しかし、司法のトップの裁判官が裏切った。『再審を開始せよ』という世論の広がりを恐れ、急いで棄却した。鑑定の専門家が科学を駆使して鑑定した新証拠に対し、裁判官は『肉眼で観察』して判断を下している。その中身はまるででたらめで『必ずしも判然としない』『必ずしも明らかでない』という決定文になっている。必ずしも判然としなかったり、必ずしも明らかでなければ鑑定をするか、鑑定人尋問をすべきなのに、それができなかった。それをすれば真実が明らかになるからだ。しかし、裁判官がどのような暴挙にでようと、私は、訴えることしかできないことが非常につらい。今回は無実を明らかにする鑑定が出され、期待もしていたが、危惧もしていた。高裁で棄却(異議審)されたとき、高等検察庁の検事長だった人が、最高裁判所で狭山事件の担当裁判官になった。やはり政治的な意図のなかで判断が出された。このことを胸に刻み一層の支援をお願いしたい。私はあと50年は生きたい。えん罪を闘う時間はある。事実調べさえしてくれれば私の無実は明らかになる。だからこそ裁判官は事実調が出来ないのだ。第3次こそ、石川一雄のえん罪が晴れるよう一層のご支援をお願いしたい」と訴えました。
5月21日国立実行委員会・狭山事件現地調査
現調は初めてという人がほとんどで、集会所での交流会でも「現地」を実際に歩き、見て、石川の無実を、そして裁判のおかしさを実感した、狭山事件のことを周りの人に伝えたい、という言葉を沢山の人からいただきました。鎌田慧さんが書かれた「『えん罪狭山事件・41年目の真実』の中に『知らないことは人を殺すことにもつながる』という言葉が胸に突き刺さった」「狭山事件は知っていたが行動しなかった。これから動きたい」「これまでえん罪は自分から遠いところにあった。でも足元にあると実感」等出されました。青年部のMさんと弟のRさんが「差別を闘う仲間と一緒に狭山に来たこと、そして石川さんの無実をわかってもらえたことが一番うれしい」と言ってくれたこと、Uさんから「とても大事な時間を過ごした」と言ってくれたことがうれしかったです。
差別を許さない、平和や民主主義を守る闘いをそれぞれの立場からがんばっている共闘の仲間、そして青年部・国立支部の皆さんに元気を頂いた1日でした。
2団体ともほとんど1日をかけての現地調査活動でした。21日はとても暑くて、皆さん汗だくになっての現調でした。ほんとうにありがとうございました。