
5月24日、狭山事件の再審を求める市民集会の前後に多くの個人、団体の皆さんが狭山の現地調査に来てくださいました。
5月22日は東京都の青年共闘(解放同盟、自治労、東水労)の皆さん、
5月23日は午前に福岡県・川崎地協、午後には福岡県・教職員の皆さん、
5月25日はくまもと「狭山事件」を考える住民の会、福岡県・狭山事件を考える添田町民の会、部落解放同盟高知県連・高知市協・共闘の皆さん、大阪清掃労組、援助修道会生涯養成コースの皆さん、大分県からは、学校の先生が来てくださいました。
5月28日には徳島県から、反差別研修として徳島住民の会・部落解放地方共闘会議、狭山青年共闘会議の皆さんが、夜を徹して徳島からバスで来てくださいました。
棄却された後も、これまで以上に熱い思いを持ち、狭山に来てくださる多くの皆さんに心から感謝いたします。
くまもと「狭山事件」を考える住民の会から来てくださったみどりさんが、「私は歩くことが不自由なので、デモ行進のとき、歩いても歩いても先(デモの最終地点)が見えないように思った。たくさんの人に追い越されながら、でもその人たちが『一緒にばんばろう』と声をかけてくれた。だからがんばれたようにおもう。初めての参加だったが、先が見えない不安でいっぱいだった。石川さんも先がなかなか見えない闘いの中を長い間がんばっているんだと思った。はじめて集会に参加して石川さんが多くの人に支えられて、がんばれていることがわかった。私も一緒にがんばりたい」と話された。24日のデモ行進も、25日の狭山現調も最後まで歩き抜いた彼女の思いがいっぱい伝わってきました。
28日は私のふるさと徳島県から多くの友人、知人が来てくださいました。部落解放運動や、狭山闘争に出会わせてくれた仲間たちと、狭山で出会うことは私にとって大きな喜びです。
石川は、今も両親の墓前に手を合わせていません。彼が墓前に手を合わすのは彼の手にかけられている見えない手錠が解かれる時と、石川は心に誓っています。徳島の仲間は、彼の切ない思いをよく知っています。「1日も早くえん罪が晴れるよう自分たちも精一杯の闘いを続ける」と両親の墓前に手を合わせてくださいました。
皆さんほんとうにありがとうございました。
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| くまもと・住民の会の皆さん | 福岡・添田町民の会の皆さん |
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| 高知の皆さん | 援助修道会の皆さん |
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| 徳島の皆さん | 両親の眠っている墓前に |