第21回部落解放活動家学校狭山現地調査

 2005年9月26日、長野県共闘で第21回部落解放活動家学校の皆さんが狭山現地調査に来て下さいました。

 長野を午前7時に出発、バスの中でテレビ朝日で放映されたザ・スクープ「見えない手錠」−狭山事件ー36年の叫びーのビデオを視聴しながら来てくださったそうです。瀧澤団長(長野県民共闘会議議長)さんから挨拶を頂き、石川から第三次に向けてさらなる支援のお願いをさせていただきました。
 その後、現調に出かけられましたが、少し涼しくなったとはいえ、日中はまだまだ暑く、皆さん汗だくで回られていました。

 部落解放同盟長野県連、共闘の狭山闘争に対する支援の取り組みの歴史は長く、今回も、「小学校に入ったばかりの子どもが、祖父に連れられ狭山現調をしたとき、石川さんのご両親と一緒に写真を撮った。その子が今39歳。当時の私の年齢になりました」「長野県では子どもたちが『狭山・ゼッケン登校』をしましたが、そのことで多くの議論をした。子どもを学校に送り出し、授業が終わるまで校門の外で待っていた。子どもたちの顔を見るまで心配だったが、元気な顔で子どもたちが校門から出てきたとき本当にほっとした。闘いの中で、苦しいことや、うれしいこともありましたが、狭山の闘いが私を強くしてくれました」等、お話を伺いました。
 長野県の部落解放運動はー2度と石川さんを作らないー「子どもたちの教育」を中心課題の1つとされていたそうです。
 



第24回 部落解放群馬県民共闘会議狭山現地調査


 9月27日部落解放群馬県民共闘会議から現地調査に来て下さいました。こちらも朝早くからバス2台で出発されたそうです。26日の現調に比べ、暑さも少ししのぎやすく思われました。
 
 寺嶋部落解放群馬県民共闘会議議長さんより、「狭山事件のおかしさを確信し、一人でも多くの人にしっかりと伝える。三次を共に闘う」と挨拶を頂きました。
 石川は「三次で事実調べ・証拠開示をさせるために皆さんが声を上げて頂きたい」と訴えました。

 「私の子どもは石川さんが逮捕された年に生まれました。その子は今42歳です。子どもの入学や、結婚、孫が生まれ、成長していく年月、石川さんは獄中にあり、そして仮釈放、今も冤罪が晴れず闘い続けています。狭山を知って、私も勉強をするようになりました。勉強をすることによって、教育の大切さも痛感しました。裁判のおかしさもわかるようになりました。真実をみようとしない裁判官に真実を見させるために、私はたくさんの人に話し、狭山のことを知ってもらおうと思います。」と話してくださった女性の言葉がとっても印象に残りました。「2年前、90歳になる父親と一緒に狭山中央集会に参加しました。デモ行進の終点地点で石川さんが待っていてくれました。そこで写真を撮り、その写真を送っていただきましたが、その写真を大事に飾ってあります。父も元気でいます」と伺いました。石川も「毎年日比谷で中央集会をしていますが、今年の10月は狭山で集会をします。もし来ていただけるようでしたらうれしいですね」と話が弾んでいました。
 
 90歳になられても狭山闘争を担ってくださっているかたがいます。石川を「息子」と思い、また差別を残したり、不条理を許してはならないとがんばっているのだと思います。
 狭山の闘い、石川の闘いはこのような多くの人の思いが重なって支えられてきたのだと思います。

『事実調べ・証拠開示を』の皆さんの
を裁判所・検察庁に届けてくださいください
殺害したとされる時間にすぐ近くで農作業
をしていた人が「人影もみなかったし
悲鳴も聞かなかった」と証言されています