2005年10月20日、長野県から現調に来て下さいました。
朝7時ごろ長野をバスで出発されたそうです。比較的高齢の女性が多く、グループ名も「長生き会」と伺いました。現地を回られ、最後に「鴨居」のある現地事務所に着きました。被害者のものとされる「万年筆」が発見された鴨居を見て『裁判官もこの鴨居を自分で見て、確かめてくれたらよくわかるのにね。なぜ来ないんだろうね』と話していました。
 このあと、近くの集会所で交流会をしました。石川が、教育を充分に受けられなかったことで苦労したこと、狭山事件の犯人にでっち上げられていった過程などを話す合間合間に、皆さん相槌を打たれていました。また、子どものころ貧しくて、「せり、なずな、あかざ、はこべ」などを、うどんと一緒に煮て、量を多くして食べていたことなどを話すと「そうだよね。私も食べていたよ。ハコベは苦くてね」とすぐに返事が返ってきます。「私も小学校2年までしか学校に行けなくて、カタカナとひらがなしか書けなかった。字を知らないことで苦労した。一生懸命勉強をして、書き順は自己流なので間違っているけど今は漢字も少しは書けるようになった。和裁も洋裁も何でも一生懸命習った。石川さんのことも知ったよ」と話して下さった女性。これまで苦労されてきたと思われるのに、みんなとても元気で生き生き話されていました。私も皆さんのように、いくつになっても前向きに生き生きと輝いていたいな〜と思いました。
 皆さんが作られたキャベツ、ジャガイモ、かぼちゃ等をおみやげに一杯持ってきてくださいました。高地で作られた野菜なので格別においしいのです。ほんとうにありがとうございました。


 2005年10月18日、日本基督教団関東教区(新潟県、栃木県、茨城県、埼玉県、群馬県)から、狭山現調に来てくださいました。台風20号の影響で今にも雨が降りそうな天気でしたが、なんとか雨も降らずほっとしました。埼玉県からもたくさんの人が来て下さいました。40年前から狭山の支援をしてくださっているEさん、「毎週火曜日、ラジオに出ているので、その中で今日の現調のことを話します」とおっしゃってくださったOさん、狭山の近くに住んでいるので、どうしても来たかったと話して下さった方、交流の時間は1時間ほどでしたが、皆さんから温かいお言葉をいっぱい頂きました。現地に来て、現地を見、石川の無実の訴えを聞き、心を動かせてくださったのだと思います。
 冤罪を訴える狭山の闘いも大きな輪になって広がっていることをうれしく思います。


 2005年10月11日、愛知県同宗連の皆さんが現地調査に来て下さいました。最近はずっと雨模様で、少し寒い現調となりました。現調も2時間ほど歩きます。傘を持って荷物を持っての現調は大変です。それでも「狭山事件の真実」を自分で確かめるため狭山現地に来て頂いています。
 多くの人が「狭山事件の公平で公正な裁判」を求めてさまざまな活動を起こしてくださっています。




 第三次の闘いは、はじまっています。
どうか皆さんが、裁判所に「事実調べ」と「検察庁に証拠開示の勧告」を
検察庁に「証拠開示」をさせる具体的な行動を取っていただけますよう、
心からお願いいたします。
 大きな世論を起こすこと、それが狭山事件の再審を開始させる力なのです。