8月19日、20日炎暑のなかで現調

集会所で交流会(大阪の皆さんと)

 
 2006年8月19日、大阪、福岡から現地調査に来て下さいました。
 福岡からは台風の影響で飛行機が遅れたそうで、心配していましたが、子ども会の皆さん元気に狭山まで来てくださって安心しました。じっとしていても汗が噴き出してくるような暑さの中、たくさんの元気な子どもたち、大阪で長く狭山を闘い続けてくださっている人たちが狭山現調をしてくださったのです。

 私たちは出会いの機会を多く頂き、それが大きな力となって元気に闘いを続けられていることに感謝しています。

暑い暑い日・耳を傾けてしっかりと 聞いてくださった皆さんありがとう

 この日、奈良県御杖村からもバスで狭山まで来て下さり、地元入間住民の会の人たちと交流会がもたれました。
 
 翌20日午前8時、狭山市駅西口から現調をされました。御杖村は人口2400人くらいだそうですが、すでに3000人を越えて狭山事件の再審を求める署名を集めてくださっています。これまでもそうでしたが、その理由が今回わかりました。皆さんいつも署名用紙を持たれていて、交流会の場でも、ホテルでも「狭山の署名を」と署名用紙を出されているのです。狭山市駅近くのホテルに泊まられたそうですが、ホテルの人も署名をしてくださったそうです。
 
 解放新聞奈良県連版・2006年6月10日号に「5月26日御杖村で『狭山村民集会』が『御杖村人権教育推進協議会狭山部会』と住民の会である『狭山再審を求める活動』の共催で開かれ、狭山部会長の木村さんが『石川さんが無実であることは司法が一番知っている。大衆の声を集中することで勝利が得られる』と訴えられた」ことが掲載されていました。1980年以来狭山現調を続けてくださっているそうです。皆さんとの出会いは、1997年、私が狭山に来て10回目となります。その間、私たちが御杖村に呼んでいただいていますので私は11回、1994年、仮出獄で狭山に帰ってきた石川は13回目となるのです。
 冤罪が晴れないまま年月を重ねることの無念はありますが、志を同じくする温かい人たちとの出会いを重ねるほどに心が深くつながっていきます。大きく「勝つ」と書かれたTシャツを着たTさんから頂いたお手紙には「この小さい過疎の村でも、狭山を遠い埼玉県の問題ととらえず、自分自身のこととして、公正な裁判、事実調べを求める署名活動や、第3次再審勝利の為に大いに世論を高めるよう精一杯がんばります」と書かれていました。

現地で説明(案内)をされる木村さん 入間住民の会の皆さんと交流会

 狭山は多くの人たちの正義を求める闘いと心に支えられ今があります。
 棚田で作られたとってもおいしいお米を頂きながら、お互いに元気でいましょうと固く握り合った手のぬくもりを思い出しています。