

「今(午後9時20分)、鳥取県連女性部が、狭山現調に向けて出発しました。お世話になります。よろしくお願いいたします」Y・Hというメールが届いたのは2006年10月27日、21時24分。
部落解放同盟鳥取県連女性部の皆さんがバスで埼玉県狭山市に着いたのは翌28日午前8時過ぎでした。午前9時から現地調査を始められ、11時半過ぎに再現された「鴨居」のある狭山現地事務所に来られました。午後からは市民会館で2時間あまり交流会がもたれました。石川は「女性部の皆さんには、全国女性集会の後や、『人間の鎖』行動で千葉刑務所に来て、『石川さん頑張れ』というシュプレヒコールの声に励まされた。刑務所の中は静かなので皆さんの声がよく聞こえた。励まされた。しかし、それを言葉に出して言うことは禁じられていた。だから『獄壁を越えて届かし吾が連呼 無念のうちにも心洗わる』という歌で私の心を皆さんに伝えた。皆さんに支えられてきた」と話すと、「私は千葉刑で青いスカーフをして『人間の鎖』行動に参加した。塀の中の石川さんに届けと大きな声でシュプレヒコールをした。この声が石川さんに聞こえているのだろうかと思っていたが聞こえていたのですね」と話された人、「私は44歳、石川さんがえん罪で苦しみ闘い続けて来た年月を生きてきた。とり戻せない年月を許せない。心新たに頑張りたい」「昨夜バスに乗っているとき子どもからメールが来た。『どこに行くの?』『狭山』と答えたら『石川さんによろしく伝えて』とメールが帰ってきた。狭山を繋げることが大事」
「現地がずいぶん変わった。親がしっかりみておかんと子どもに伝えられん」「はじめて現調し、無実を実感した。帰って周りに伝える」「お父さん、お母さんの分まで長生きしてほしい。女性部もがんばる」「私は石川さんと同じ67歳、長女は1963年4月に生まれた。その1ヵ月後狭山事件が起きた。長い闘いだが、今度こそ力をあわせ無実を勝ち取ろう。鳥取では、明日(10月29日)10時から県内一斉狭山署名活動をする。それから狭山中央行動に参加する。共に頑張る」とたくさんの方からお話を伺うことができました。皆さんは午後3時半ごろまたバスで鳥取に帰られました。「時間はどのくらいかかりますか?」と伺うと「何箇所かで降りられる方がいるので、12〜13時間かかります」とのことでした。
今頃バスに揺られていることでしょう。メールを頂いたYさんのやさしさや、厳しい差別の中を生き、闘い、道を切り拓いてきた女性たち、これからも皆さんと共に・・・・・ありがとうございました。