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721筆の署名を・・・三重県から
2006年11月20日、三重県・隣保館連絡協議会の職員研修として「狭山事件フィールドワーク」に来て下さいました。天気予報は雨。予報どうり皆さん方がフィールドワークをするころ、無常の雨・・・雨に降られながらのフィールドワークはとても大変です。寒さがとても身にしみる1日でした。フィールドワークを終え、現地事務所に帰ってくるころは傘をさしていても皆さんびっしょり雨に濡れていました。お茶で体を温めていただきながら、お礼と署名活動へのさらなるお願いをさせていただきました。すると「少ないですが署名を持ってきました」と言って721筆もの署名をいただいのです。狭山まで来てくださるだけでもとてもうれしいことです。そのうえ署名活動までしていただいたことに、言葉に表せないほど感激しました。石川は4日ほど前から体調を崩し、車椅子に乗って挨拶をさせていただいたのですが、「体に気をつけて元気でいてください。私たちも署名活動など続けます」との挨拶を頂き、少し落ち込みがちだった私たちも元気を頂きました。
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長い闘いをがんばるだけです(Fさんより)・・・長野県から
2006年11月19日、長野県から子ども会の皆さんが狭山現地調査に来て下さいました。小雨が降ったり止んだりの寒い中の現地調査でした。長野県からはこれまでたくさんの人が現調に来てくださっています。高速道路がまだ開通していなかったときはバスで夜を徹して8時間も9時間もかかって狭山まで来たということを多くの人から伺っていました。今は3時間あまりで来られるそうです。日曜日の1日を狭山現調に来てくださった皆さん。ほんとうにありがとうございました。驚いたのは今から30年近く前、小学校5年生だったときに狭山現調に来たという女性が、今回二人の子どもさんと一緒に現調にきて下さったことでした。30年近く前の写真とその写真を撮った女性のお父さんの手紙も持ってきてくださっていました。お手紙には「今度こその思いで闘っています。権力の壁は厚いが無実は無実であることに変わりはありません。
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| 30年ほど前小学校5年生だった少女が 今2児のお母さんに(富蔵さんに千羽鶴を) |
私の娘が小学校5年生の時、富蔵おじいちゃん(石川一雄の父)に会った時の写真です。その娘の長女は中学1年生です。小学校5年生の長男も初めての参加です。闘いの長さを感じます。頑張るだけです。長野・F」と書かれていました。長野県の解放運動や狭山の闘いを牽引し続けてくださったFさんも、石川と同じように小さいころ苦労されたそうです。
石川に、そして狭山に、いつも温かく、そして厳しい差別との闘いの中を精一杯運動を続けてきたその原点は、子どもや孫に、そして未来に、このような差別は絶対受け継がせないという強い思いからなのでしょう。写真の富蔵おじいちゃんはとってもやさしい表情で子どもから千羽鶴を受け取っています。
裁判官に現地に立ってもらいたい・・・東京都から
2006年11月18日、東京・江東の共闘の皆さんが現調に来て下さいました。学校の先生がたでした。江東の皆さんとは毎年集会で出会わせていただいていますが、「狭山現地に立てば、裁判の矛盾がよくわかる。裁判官に現地にきてもらいたいですね」と現地を歩いての感想が話されました。私たちも、「今度こそ裁判官に現地に来てもらいたい、事実調べをしてもらいたい、そのために皆さんにぜひ大きな世論をつくっていただきたい」と訴えさせていただきました。
今日(11月23日)は、富蔵おじいちゃんが亡くなった日(1985年)です。息子のえん罪が一日も早く晴れるように見守ってくださいと、花を手向け祈ってきました。