
2007年5月26日、今年もマイクロバスで夜を徹して走り続けて狭山まで現調にきてくださった徳島の皆さん。ふるさとの言葉・ふるさとのお土産、久しぶりに狭山に来てくれたKさん、徳島で20数年、共に闘い、喜びや悲しみを分かち合った大切な友人です。Kさんのこの間の介護と仕事の両立の大変さを知っていただけに、今回狭山に来て頂けたことにひとしおうれしいものがありました。署名を一杯送ってくれたTさんは初めての現調、また東京から、「狭山事件を推理する」というホームページを作られているOさんと友人のTさんが合流し、現地調査されました。
その後近くの集会所で交流会をしました。年々変わっていく現地を歩きながら、「それでも現地に立てば真実がわかる」と力強い多くの感想もいただきました。また「毎年、一年に一回は狭山にくる。『狭山に立つ』ことで常に自分の闘い、自分自身を振り返る。生活の中にしみこませる。石川さんが「三次で勝利し最後の闘いとしたい」との言葉を胸に刻み、闘う。楽しく運動しながら仲間と団結していきたい」と話されたSさん、Kさん、今回はこられなかったFさんたちと、徳島の地で狭山や、人間解放の闘いを共に取り組んだ20年あまり、そして狭山に来て10年なりましたが、その時間の空白は感じません。狭山に来てからも、多くの出会い、学びをさせていただいていますが、やはり私の原点は、徳島の仲間と闘いの中で共にすごした中にあると実感します。
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| 「差別裁判打ち砕こう」を全員で |
夕方の交流会には狭山支部長であり、石川一雄の兄六造さん、義姉ウメ子さんも一緒に参加し、ウメコさんが作ったいっぱいの料理等をご馳走になりました。
六造さんは「『犯人はだれでもいい。お兄さんでもいいんだ』と言った。警察はそういうところだ。私が元気な間に弟の無実をかちとれる様、支援をお願いします」と訴えてくれました。「狭山差別裁判打ち砕こう」を全員がひとつになって歌いました。
胸がジーンとする交流会でした。

2007年5月21日、福岡県の「狭山事件を考える添田町民の会」が現地調査にこられました。
一番多く狭山現地調査に来てくださっている添田の皆さんの現調は、いつも子供たちからのメッセージや、寄せ書きを頂き、そして子供たちへ、石川がそのお礼と思いを伝えることからはじまります。「教育」を中心課題としてこれまでがんばってきた皆さんの教育や子供への思いがひしひしと伝わります。石川にとってそれはとてもうれしくて大切に思っていることなのです。「私のようにならないように一生懸命勉強をしてほしい」との石川のメッセージに私は「石川さんのようにくじけずに、一生懸命勉強をして、差別を跳ね返し、前向きに生きる力をつけてください」と伝えました。
狭山の闘いは多くの人によって支えられ、石川一雄は元気です。