
2007年10月27日、関東地方に台風20号が接近し、だんだんに風雨が激しくなるなか、長野県・子ども会の現調の皆さんがバスで狭山に到着しました。長野から台風に向かって出てきて、それでも元気な皆さんに出会ってほっとしました。
交流会で石川は「32年間の獄中生活で世の中が変わっていたのに驚いた。駅は自動改札になり、字が読めなければ切符も買えない、道路は砂利道からアスファルトの道路に舗装され、ビルが林立していた。浦島太郎のようだった」「義務教育とまで言わなくても、小学校6年生くらいまででも勉強ができていれば『狭山事件』の犯人にされなかったかもしれない。『死刑』判決が出されていた中で、刑務所で必死に文字と格闘し、文字を取り戻した。文字を覚えて自分の置かれた立場を自覚した。自分の無実を訴えるために手紙を書いた。多くの人に出会った。多くの事を学んだ」「皆さんも一生懸命勉強をしてほしい。私は刑務所で字は習ったが、その基礎がない。冤罪が晴れたら夜間中学校に行って勉強をしたい」「この三次で勝利して裁判が最後になるように、一生懸命がんばっている。それからが私の本当の人生が始まる。皆さんも応援してください」と訴えました。
激しくなる雨の中、「それでも現調をしたい」と話された子ども会や保護者の皆さん。現調を終え、皆さんが現地事務所に着いたときは上から下までびしょぬれでした。どうか風邪をひきませんようにと、2人でずっとバスを見送っていました。
2007年10月25日、川越に住まわれているという方が一人で現地調査に来てくださいました。「私は石川さんより3歳くらい年下です。狭山事件はおかしいとずっと思っていました」「昔この近くに仕事に通っていました。入間川でも泳いだことがあります」と、とても懐かしそうにお話をしてくださいました。私たちは狭山事件に多くの人が関心を持ってくださることを願っています。そのことが「狭山」の前進につながります。
2007年10月18日〜19日「『同和問題』に取り組む宗教教団連帯会議」の皆さんが第22回「狭山」現地調査学習会に来てくださいました。近くの集会所で石川がお礼の挨拶を述べさせていただきました。
2007年10月19日、福岡県から狭山現地調査に来てくださいました。「筑紫の石川一雄さん」と呼ばれているM・Rさんも来てくださいました。各地で狭山を勝利するために熱い心を持ち、闘い続けて下さっている多くの方がいらっしゃいます。私たちは今、三次再審への支援のお願い、現状報告等で全国を回らせて頂いています。多くの出会いを頂き、石川も熱く熱く燃えています。