2007年12月22日、アメリカからRさんとパートナーのMさん、兵庫県の友人のMさんと石川一雄を「おやじ」と呼ぶMさんが現調にきてくれました。21日にアメリカから日本に来て時差ボケがあるというRさんと、パートナーのMさんの通訳を交えながら挨拶、Rさんが石川をハグ。そういうことに慣れない石川は照れていました。高校の教師をされているというRさんが、「子どもたちに何か伝えたいことは?」との問いに「私は家が貧しくて(部落差別の結果)教育を充分に受けることができなかった。結果として権力の罠に陥れられ、無実でありながら、罪を着せられ、32年間の獄中生活を強いられた。仮出獄から13年経ったが今も、冤罪は晴れていない。教育は文字を知るということだけでなく、自分の命、生活を守る。心が豊かになる。だから子どもたちには、文字の大切さを伝えてほしい。私は獄中で、情熱と正義感にあふれ、自分の生活を賭けて文字を教えてくれた元看守さんと出会い、ペンの力で真実を訴え、闘い続けることができた」と話しました。また「私は来年こそ、アメリカや、ジュネーブに行きたい。国の内外で狭山を訴えたい。またケニアに行って、自然の中で生き、走っている動物を見てみたい」と話すと、Rさんは「アメリカに来たらぜひ私の所で泊まってください」と言ってくださり、固く握手を交わしました。初めての出会いとは思えない懐かしく温かい出会いでした。友人のMさんのおかげでまた新たな闘いと連帯の輪が・・・・・

 石川と同じ年のMさんのお父さんからは、正月用の手作りの門松を頂きました。きっと来年こそいい年、よき日が来ますようにとの思いを込めて作って下さったのです。石川を親父と呼ぶMさん、そっと石川にプレゼントを渡していました。私には真っ赤なマフラー。赤い色も好きで私によく似合っていて?「ありがとう」と言ったのです。後から気がついたのですが、私は還暦だったのです・・・・・ 来年に向けて大きく羽ばたける希望を頂きました。門松も笑っています


 7月15日、日本キリスト教団 堀切教会で「『狭山』冤罪について考える集い」が開かれました。集いに来てくださった皆さんから12月21日クリスマスカードが届きました。「再審の扉が開かれ、一刻も早く無罪が証明されることを願います。健康に留意され、この闘争を闘いぬきましょう。私たちのできることは微力ですが、できることがあれば遠慮なくおっしゃってください」等々・・・・皆さんから頂いたお言葉は私たちにとって大きな力となっています。


 熊本・菊池市のMさんは教師をされていたころ、「教育の柱に石川さんの生きざま(すみません)をすえてきた」と書かれていました。「解放に向かって、新しい年がやってきますように!」とのお便りにまた改めて闘志を。

 闘いの中で温かさや、希望を頂いた1年でありました
みなさんありがとうございました