冤罪を晴らせないまま、確定判決31ヵ年を迎えてしまいました。此の間、刑務所、社会に出て10年余に、国家、司法権力打倒に燃え、常に最前線に起って闘っていた私に対し、最高裁は憎悪を剥き出し、「棄却」という大鉈を打ち下ろしたのです。然も、弁護団の提出した新証拠や、補充書もまともに検討せず、狭山再審闘争の幕引きを加速すべく、弁護団、市民の、新証拠、或いは署名用紙の提出の約束をないがしろにしてまで急いだ背景に何が存在したか、それらの問題点を総括せずに第三次に臨んでも結果は同じ轍を踏んでしまうのは当然と解します。
 
 元より、狭山差別裁判の元凶が寺尾の不当極まる判決にあることは、今日此処に結集された皆さんもご承知の通りでありますが、狭山闘争の歴史的勝利の目処が立たないまま、本集会を迎えなければならなくなった事は、誠に断腸の思いであり、ご支援下さる皆さんのご期待に応えられない事に対し、心から申し訳なく思いつつ、痛みを共有し、、第三次闘争に望みを賭け、多忙の中を決起くださった皆さんに衷心より感謝の一文をお届けしたく重いペンを走らせた次第であります。
 
 支援者たちを前に言及する程ではない事ながら、私は司法権力に一切の幻想を捨てる一方、第三次こそ文字通り最終決戦と位置づけ、旗幟(きし)をより鮮明に打ち出し、、不撓不屈の精神で闘って参る所存でありますが、思えば寺尾正二裁判長の其れまでの裁判が「公正・公平」であるとの見方に加え、一審は兎も角、私が冤罪を訴え出た以降、多くの無実性の証拠が出て来たこともあって、油断の姿勢も否定しえない事実であってみれば、其れが基となって現在も闘いが続いている訳ですから、当時の事を思うと至極残念でなりません。
 
 何れにせよ、真実は一つであり、無罪を勝ち取るまで、支援者の皆さん方のご協力は不可欠であることから、、私自身も信念を持って、邁進してまいりますので、どうか皆さん方も石川一雄を見捨てず、厳しい目をもって、私を見守って下さるよう心からお願い申し上げます。
 
 本集会に決起くださった皆さんに感謝すると共に、私の不退転の決意の程をお伝えしてご挨拶に代えて失礼いたします。


2005年10月31日


石川  一雄