「新ちゃんのお笑い人権高座」

 2005年11月17日、埼玉県深谷市で部落解放埼玉県研究集会が開かれました。
記念講演は露の新治さんの「新ちゃんのお笑い人権高座」でした。これまでも何度か「口演」をお聞きする機会がありました。落語で人権問題を取り上げるのは難しいんだろうな〜なんて勝手に思っていましたが、理屈抜きに面白いのです。笑いの中に考えさせられることがたくさんあるのです。Web荊冠旗(HP)に “難しいことを易しく 易しいことを深く 深いことを面白く” とありましたが、まさにその通りの露のさんの口演は最高でした。「頑張る」と言う字を『願生る』、願いに生きる、理想に願生る、と言われたことが深く心にしみました。『自信』は『自芯』。差別や戦争をなくすということに腹を据えて願う心、芯から願う心があるかどうか、理想に向かって願生ることが大事と話された露のさんが、差別の問題に最初に出会ったのが30年くらい前、狭山差別裁判の運動だったそうです。そして露のさんの帽子には狭山バッジが光っていました。ず〜っとバッジをつけて下さっているそうです。バッジの留め金が頭に当たって痛いけどこれくらい我慢しなくちゃ」と笑って話された露のさん、ほんとうにありがとうございました。
 
 露のさんは、午後からの「狭山事件の真相と再審闘争」の分科会にもお忙しいにも関わらず会場に来て下さいました。
 庭山弁護士から「現場100回と言われるが、私も狭山に住んでいるので、何度も何度も一人で現場とされるところを回っている。狭山事件の3大物証といわれる、かばん、腕時計、万年筆の発見現場とされるところにも行ったが、どれもこんなことがありえるのか、と発見の不自然さと自白との食い違いが確信できる。事実と論理を重ねていくことが重要だ。司法がよくならないのは、中央集権的官僚制度になっているから。第二次の再審では齋藤鑑定の判断がほとんどされていない。逆に言えば、事実と科学によって鑑定してください、と三次に出せる」と話されました。わかり易く、元気がでるお話を頂きました。 
 会場から「私は石川さんの死刑判決が出た直後に、当時の埼玉県連委員長の野本武一さんと東京拘置所に面会に行きましたが、石川さんはにこにこして『大丈夫です。私は10年で出る約束をしていますから』と話したので驚いたことをよく覚えています。こんなに裁判が長くかかるとは思ってもいませんでした」と、埼玉県連の女性部長として長く狭山を闘い続けてくださったイチさんの無念の思いがこもった発言がありました。石川が「お母さん」と呼ばせていただいていますが、40年以上狭山を闘い続けてくださっているイチさん、また、「埼玉住民の会連絡会としても高裁、高検へ『事実調べ』『証拠開示』の要請行動の闘いを強める」との意見も出されました。私たちも願生ります。
 露の新治さんのホームページにも掲載されています。


三重県・曹洞宗の皆さんの現調

 2005年11月18日、曹洞宗三重県第一宗務所から狭山現地研修会に来て下さいました。前日にバスで出発されたそうです。朝から現地を回られ、近くの集会所で午後1時半ごろまで交流をしました。曹洞宗として今年は「狭山事件」を人権学習の中心テーマとされ、とりくんでいただいています。狭山が多くの人の間で話題になり、司法を揺るがす大きな声となって広がっていくことを願っています。