2006年1月14日、第三次再審請求に向けた弁護団会議が午後1時より開かれました。
組坂部落解放同盟中央本部委員長から「国内外で世論を巻き起こし、第三次で必ず勝利を」とのあいさつ、また中山武敏主任弁護人から「名張事件、布川事件も困難な中で事実調べがされて、状況を切り拓いている。事実調べをさせるために徹底的に議論し、不退転の決意で迫り、展望を切り拓きたい」との決意がだされました。
 第三次になってから新たに9人の弁護士が加わり、14日もお忙しい中大勢の弁護士が会議に来てくださいました。午後1時から午後7時半まで、1回の休憩を取っただけで白熱した議論がかわされました。
 この日、北海道からも一人の弁護士が参加してくださり、満員になった会議室は熱気で暖房が要らないほどでした。
 刑事事件の弁護は引き受ける人が少ないそうです。裁判で負け続けている狭山事件の弁護団に入ってくださるというのは、「狭山事件はえん罪であり、間違いは糺さねばならないとの強い正義感と、司法に関わる人としての良心からだ」とN弁護士から伺ったことがありますが、まさにその通りだと思います。 
            2006年の初めての弁護団会議に熱と光を感じました。


実はこの日(1月14日)は石川一雄の67回目の誕生日でもありました。
会議をしているところにわざわざEさんが立ち寄ってくださり、
ケーキをそっと置いて帰ってくださいました。
 Yさんからのメールには
「一雄さん、おめでとうございます。一つひとつ歳を重ねていけることは喜ばしいことです。一雄さんには長生きしてほしいです」
とありました。仮出獄から12年目に突入、12回目の誕生日を迎えました。
この12年間無念ばかりではありません。
12年間皆さんに支えていただき元気に闘い続け、生き続けることができました。


 2006年1月15日、友人が訪ねてきました。
畑を耕し、大根の種を蒔いて収穫し、それを糠漬けして
おいしいたくあんを作って届けてくれました。
夜、千切りにしたたくあんを油でいためていただきました。
ずっと昔、一雄さんのお母さんが作ってくれていたごちそうだったそうです。


昨年10月30日の狭山集会は地元「狭山市」で開かれましたが、
集会に中山千夏さんが「大和稲刈歌」を歌ってくださいました。
そのことが「おんな組いのち」のホームページに掲載されています。