
6月中旬、「狭山事件の再審を求める市民の会」事務局長の鎌田慧さん(ルポライター)から「東京高裁に『公平で公正な裁判を求める署名』を街頭に出て積極的に集めましょう。今度こそ裁判所を逃がさない大きな世論を作っていきましょう。2006年6月9日発行の週刊金曜日(No609)に、ー狭山事件から43年、第3次再審請求申し立てー 警察の『自作自演』劇に乗った裁判官の怠慢、と題して『痛憤の現場を歩く54』に書いたので、送ります」というお電話を頂きました。鎌田さんの狭山に対する変わらぬ熱い思いに感謝です。(実は私は週刊金曜日は購読しています)
6月16日発行(No610)の週刊金曜日の投書欄に「8年越しの要望『検事との面談』が実現」と題して豊中・狭山事件研究会「ストーン・リバー」の佐々木さんの投書が掲載されています。ストーンリバーの皆さんは創意工夫し、さまざまに狭山の闘いを続けられています。
5月30日に、東京高裁、東京高検、法務省へ要請行動を行ったそうです。特筆すべきは週刊金曜日に書かれていますが、東京高検の山川検事と直接面談したことです。検察庁へは1999年10月31日を皮切りに24回目だそうですが、あきらめないで粘り強く闘いを進めて行けば変わる、開くということなのだと思います。佐々木さんは「開いた新しい回路を新しい始まりにしなければと思う」と書かれていました。一緒に要請行動に行かれたHさんから6月19日に送って頂いたのは手作りの食パンと「次回申し入れに行く時は、新たな展開があるように考えてみようと思う。大層なことはできないが少しでも考えてもらわんとアカンから・・・」と書かれたお手紙でした。私も時間が合えば次回はぜひ一緒に要請に行きたいと思います。
(ストーンリバーの高裁・高検への要請書内容はこちら)
6月17日にうれしい出会いがありました。この日、現調がありましたので現地事務所でいると、道を歩いていた女性が、「狭山再審闘争勝利現地事務所」と書かれた看板をじっと見て吸い寄せられるように中に入ってこられました。「ここはあの狭山事件の関係の事務所ですか」と尋ねられたので「そうです」と答えました。その人は驚いて「何度かここを通ったけれど気がつきませんでした。私は1963年堀兼の小学校で教員をしていました。4月に異動で堀兼小に変わってすぐ5月に事件が起きたのでよく覚えています。大騒ぎになりました。当時、犯人は石川さんでなく別の人の名前が取りざたされていました。昨年10月30日、狭山で集会があると新聞に載っていたので集会に参加したいと思い、狭山市役所に集会場所を問い合わせました。地元では狭山のことはあまり話がされなくて、逆になんとなく避けるような雰囲気がある中で、集会所に行くと「くまもと」の狭山事件の機関誌が置かれていました。遠くの人は活発に狭山の運動をされているのに、地元で低調なのはなぜだろうと不思議に思っていました。ぜひ頑張ってください。最近、近くにくる用ができたので、またお話を聞かせてください」と話されました。私たちも驚きました。被害者の校区の学校で事件当時教師をされていたということで、その当時のことをいろいろ話してくださいました。Kさんは石川一雄をじっと見つめ、しっかり握手をし、「狭山のバッチ」を買って帰られました。
翌18日、この日も現調があるので現地事務所にいると、最近、近くまでボランティア活動に来られているという昨日出会わせていただいたKさんが通りかかり、また貴重なお話を聞かせていただきました。「なにより石川さんがお元気そうなのがうれしいです」とのKさんの言葉が私たちにとって一番の元気の源です。「何かできることは?」というKさんに「また署名をお願いします」と答えながら、なぜか涙腺が緩んでしまいました。

最近雨が続いています。現地事務所のあじさいは満開です。
今日(6月20日)は晴天。日程が入っていなかったので、久しぶりに愛犬と一緒に近くの稲荷山公園に行きました。喜んで元気に走り回るワンちゃんを見ていて、私たちもうれしく元気になりました。
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