2006年8月22日、IMADR(反差別国際運動)を中心に、マスコミ関係の方、大学の先生、グラフィックデザイナーの方などが現地調査に来て下さいました。
狭山事件について英語でネットを通して発信してくださるということで、私たちも大変うれしく思いました。
狭山を世界の国々の人に知っていただき、関心を持ってくださればと思います。

 日本に部落差別があり、義務教育も十分に受けられなかった人が狭山事件に巻き込まれ、犯人にされ、40年以上無実を訴えていること、狭山事件は、見込み捜査、別件逮捕、代用監獄、接見禁止など人権無視で、冤罪を生む可能性のある捜査、取調べであり、証拠開示や、事実調べを頑なに拒み、真実を隠蔽している司法に、抗議の声をあげていただければと思います。
 大いに期待していますし、道は拓けることを信じています。


 今年も全国からたくさんのお葉書(暑中)を頂きました。いつもならできるだけお返事を出させていただいていますが、今年はお返事を出すことができませんでした。皆さんに心から感謝とお詫びを申し上げます。
 
 福岡県のたくさんの子ども会の皆さん、三重県や、徳島県の識字学級で学ばれている皆さんには毎年頂いています。ありがとうございました。

 そして今年も福岡県のWさんからお葉書とビラを送っていただきました。
Wさんは教師をされています。1人で狭山のビラを作り、ビラをまき、そして友人、知人にはビラと住所、宛名を書かれた葉書3枚(裁判所、検察庁、石川一雄あて)を送られているのです。何年か前、頂いた激励のお葉書の中に「この葉書はWさんから送られてきました」と書かれていました。そのときはじめて個人的にWさんのように、多くの人にお葉書を送ってくださっている方がいらっしゃることを知ったのです。それからも何度も何度もこのようなお葉書を頂きました。

 第三次再審で意見書を提出してくださった川向秀武先生(福岡教育大学名誉教授)からお葉書を頂きました。川向先生のお葉書には「残暑お見舞い申し上げます。(略〜)北九州の中学校で国語の教師をしている加藤陽一さんと共同で『文字習得能力と文章構成能力に関する意見書』を書きました。一言で言えば、裁判所は非識字者に対する無理解さが誤判を生み出したことを明らかにしたものです。他の鑑定書と共に再審の扉が開く一つのきっかけになることを祈念しています。(略〜)なお、この葉書はWさんから送られてきたものです。」と書かれていました。

 Wさんが書かれたビラの中に彼女と狭山の出会いが書かれていました。その部分を抜粋します。

=1977年8月9日という日=
 大学2年の夏休み。古墳の発掘に参加、近くの民家で合宿していました。9日の夜、そこに2人の先輩がやってきました。上告棄却に怒り、8月23日に東京で行われる抗議集会に参加しようと、カンパ依頼にこられたのでした。家で取れたスイカを手土産に。大学では狭山の映画上映会・討論会など開かれていましたが、私は逃げ腰でした。この日、他人事に一生懸命な人たちを見て驚きそして感動しました。1977年8月9日は、私が狭山と出会い直した日でした。

 最近、身近な人の入院などで気分が落ち込んでいましたが、頂いたお葉書やビラを見ながら、落ち込んでなんかいられない、と力がわいてきました。
 皆さんほんとうにありがとうございました。