5・23 メッセージ
第三次再審闘争の決戦の火蓋を切って丁度一年、そして44年前の不当逮捕に対し、怒りや無念、悲しみを共有しつつ、三次こそ「狭山闘争の歴史的勝利への道を切り拓くんだ」と何かとご尽力下さっておられる全ての皆さんに衷心より感謝の一文をお届けいたします。私たちは如何なる時でも緊張感を持って訴え活動に全精力を傾けており、取り分け、今年は場合に因っては、裁判所の判断が出されるかもしれないということで、全国の支援者の皆さんも夫々に創意工夫され、波状的連続的に要請行動をして下さっている由に、これ程心強いことはございません。「事実調べ」をさせる為に絶対的に不可欠な物は、新証拠の発掘、新事実の発見であることは言及するまでもなく、従って皆さんにも、重要課題として一点でも多く新証拠の発掘に努めて頂きたいのであります。
最高裁の棄却攻撃から見ても、初めから私の有罪との予断に立って証拠の不備は想像と憶測で辻褄を合わすといった不条理な論法を駆使していることからして、今回の第三次こそ司法の暴論を許さない、確固たる証拠を突き付けていかねばならず、そのため、今弁護団は鋭意、模索中であります。
元より私自身は、今までに提出済みの証拠だけでも充分と思われますし、又、良識ある裁判官であれば、当然「事実調べ」を行うべき筈乍らも、司法の顔は常に権力側に向いており、其れだけに三次で無罪を勝ち取る為には、具体的な大衆行動を重層的に展開し、司法権力の横暴を決して許さない闘いを推し進めて貰いたいのであります。
このような厳しい闘いの中にあって、私が心強く思う事は、全国に散在する部落の兄弟姉妹をはじめ、労働者、各宗派、市民・住民の会など、司法の姿勢を変えるべく、強固な体制を組み、様々に取り組んで頂いていることです。
私は、司法の府として期待していた最高裁の決定文が、事実の真相究明に全力を投入して冤罪者を救うことよりも、司法権力の権威と法的安定の維持のみを前提とした内容からして、三次においても、証拠の新規性、明白性を認めさせるには、容易ならぬ危機感を覚えました。
しかし、此の度、皆さん方の絶大なるご協力の下に新100万人署名が達成間近であること、更には、最高裁の刑事訴訟法(憲法)の精神に反する不当極まる再審請求の棄却に対する世論の批判の声が強まる一方、夫々のお立場にあって、皆さん方が真実解明と正義貫徹のため、最後の勝利までご協力賜れるならば「狭山闘争の歴史的勝利」への道は拓かれるとの確信を持った次第です。
思えば政治的意図に因って狭山事件の犯人に仕立て上げられる運命にあったとは露知らず、別件で逮捕され、今日で44年を迎えてしまいましたが、未だ冤罪が晴れず、真の自由の身になっていないからといって私は泣き言をいうつもりはありません。何故なら犯人にされる過程で如何なる事情があったにせよ「自白」したのは紛れもない事実であり、其の責任の一端は自分にあるからです。然し乍ら、獄中で文字を取り戻し、自分の身は自分で守る術を知って以来、32年間の長い拘禁生活の中で、自分を見失うことなく、常に自分を戒め、不退転に闘ってこられたのは、私の「無実」を信じて支援し続けてくださった多くの支援者のおかげであります。
今度こそ此の第三次再審の実現を通して無罪を勝ち取り、支援者共々に喜びを分かち合える様に最大限の努力を続けて参る心算です。
弁護団も高検に対し、引き続き証拠開示の交渉を継続する由から、前述のように、狭山闘争も新たな局面に入っているので、私の無念を共有して下さる皆さん方も其の点を踏まえて、全証拠開示の要請の方にも力を注いで頂きたく切に希う次第であります。
最後になりましたが、司法権力の不当極まる棄却に対する闘いの旗幟をより鮮明にしつつ、今日の不当逮捕44ヵ年糾弾決起集会にご参加下さった全ての皆さんに心深くお礼の意を申し上げると共に、いよいよ今年が正念場であり、一層のお力添えを賜れますよう再度お願いし、石川一雄の挨拶に代えて失礼いたします。
本当にありがとうございました。
2007年5月23日
石 川 一 雄
不当逮捕44ヵ年糾弾
狭山再審要求集会参加者ご一同様