2007年12月4日「取調べの録画・録音による可視化法案」が参議院・民主党より提出されました。背景に警察・検察の自白の強要があり、事件がでっち上げられるのを防ぐことを目的に出されたものです。石川一雄は、狭山事件でなく、別件で逮捕されましたが、当時、取調べの全過程で録画・録音がされていたら、この44年間はなかったのです。狭山の闘いは2008年で45年になります。


 12月13日、「青森県住民の会」から現地調査に来てくださいました。
昨年11月に東北で初めて「狭山事件の再審を求める青森集会」が青森県住民の会と、五所川原市職員組合共催で開かれました。また今年10月には、狭山署名100万筆達成のお礼と三次再審勝利に向けての集会を持ってくださったばかりでした。狭山市駅に着いてすぐ現地調査。案内をしていましたが、近況報告等で話に夢中になり、荒神様(事件発生の1963年5月1日、その横を通ったという「自白」になっている)の前を通り過ぎてしまいました。あわてて引返しましたが、荒神様は以前の4分の1位になっていて、うっかりすると見過ごしてしまいます。短い時間ではありましたが、狭山を熱く語り、とても楽しく充実した時間でもありました。「ザ・スクープ冤罪狭山事件の英語版があったらいいねえ。世界に広げたいね」の言葉に本当にそうしたいと思いました。次の日長いメールが届きました。「全ての闘いを狭山の闘いに生かして、また狭山の闘いから学んで再審開始に向けて頑張っていきたい」等と書かれていました。


 12月5日熊本県で開かれた狭山集会で、思いがけない出会いがありました。今年7月、愛媛県から熊本に転居されたTさん。私のホームページを見てくださって、5日の熊本の集会を知り、駆けつけてくださったのです。感激、感動でした。12月18日彼女からメールが届きました。思いが一杯伝わってくる温かいメールでした。最後に「まだ、旅は続きますね。旅の途中で、つらいこと、苦しいこともあると思いますが、苦しいことはためこまずに・・・大変な毎日だと思いますが、ご自身のことも大切になさってください」と書かれていました。


 12月10日、福岡県からお手紙と手作りのケーキが届きました。9月30日、福岡県で開かれた「部落問題に取り組むキリスト教連帯会・九州 結成20周年記念講演会」に呼んでいただきましたが、そのとき出会わせて頂いたYさんからでした。「出会いが魂の糧になっています」と書いてくださいました。


 12月10日、最高裁、東京高裁、東京高検に、友人と証拠開示、事実調べを求める要請行動に行ってきました。


 狭山弁護団主任弁護人をされていた故山上弁護士のパートナーSさんに、解放新聞や、10月31日の狭山集会の様子、最近の闘い等についてのニュースをお送りしました。12月中旬、Sさんからお便りを頂きました。『「写真が毎日笑っています」(ニュースをお送り頂く度に写真の前に置きます)』と、山上先生の笑顔が浮かんで来るようなお手紙でした。


 12月はじめ、熊本県水俣市のFさんがお手紙と署名を送ってくださいました。

 11月中旬、スペインからも署名が届いていました。12月13日、青森県から現調に来てくださったIさんに住所を書いていただいて、遅くなりましたが12月15日、やっと礼状を出すことができました。


 12月16日、兵庫県のHさんのお便りは、怪我もよくなり(怪我をされ10・31集会に来られなかった)元気でいること。狭山を闘うことに大きな喜びと誇りを持ち、「真実は必ず勝利する」と確信して闘っていること、これから頑張る」と書かれたTさんの穏やかな笑顔と、闘志が。


12月18日、長野県から118筆の署名とお手紙が送られてきました。10月27日、嵐の中、現調をしてくださった子ども会の皆さんが、住民の会の皆さんと一緒に『人権を考える集い」の中で署名活動に取り組んで頂いたのです。「この署名活動を通して、子どもたちが、自分の言葉で訴えることの大切さ、行動することの大切さを学んだことと思います。とてもいい経験となりました。今後の大きな力になってくれればと願ってます」と書かれていましたが、保護者としての思いにあふれたお手紙でした。


 10月19〜20日、現調をされた福岡県の皆さんから、お手紙や感想文が届きました。Mさん『私も石川さんが完全無罪を勝ち取り、見えない手錠が取れるまで、石川さんの闘いに共感し、「半そで・素足」=「石川青年」を貫くつもりです。』


 毎日たくさんのお手紙を頂きます。皆さんから頂くお手紙に大きな力と元気を頂いていますが、お一人おひとりの皆さんにお返事を出すことができないことを申し訳なく、心苦しく思っています。ほんとうにありがとうございました。寒さが厳しくなります。風邪が流行っているそうです。どうかお体大切にお過ごしください。