部落解放第37回東日本研究集会  2005年7月5日〜6日

 2005年7月5〜6日、部落解放第37回東日本研究集会が、埼玉県秩父市で開かれました。
 1日目の全体集会で、「狭山再審弁護団報告」として中山武敏狭山主任弁護人が「事実の力、証拠の力で三次はなんとしても展望を切り拓く、皆さんのご支援をお願いしたい」と棄却決定の不当性と今後のさらなる支援を訴えられました。
 石川は「第三次に命を懸けて闘う」との決意を述べました。

 会場から「石川さんがんばれ」という声があり、石川も深々と頭を下げました。多くの人の声援が力になります。

 翌日は第6分科会「狭山事件の真相と再審闘争」で、指紋鑑定士・齋藤保さん、狭山再審弁護団主任弁護人・中山武敏さんから講演、「石川さんを支援する会埼玉連絡会」の古河誠さんからの報告がありました。

 中山弁護士は狭山弁護団に入られ33年になられるそうです。狭山弁護団に入るきっかけは、獄中の石川一雄から1972年10月に届いた「狭山弁護団に入ってほしい」と書かれた一通の手紙で、その手紙には「教育を受けられなかったことはうらまないが、教育を受けられなかったものに対する国家権力の仕打ちが許せない」と書いてあったそうです。「困難なときこそ心一つにして、原点に返ろう。第三次はなんとしても事実調べをかちとらねばならない。今回の棄却決定には大きな誤り、矛盾がある。弁護団は絶対に負けない。第三次再審請求で事実調べ、証拠開示を勝ち取るため全力を傾けている。弁護団が一番必要なのは証拠だ。皆さんの知恵も貸していただきたい。弁護団に新しいメンバーも3人入り、最大限努力している。やらなければならない課題は多くある。」と結ばれました。

 指紋鑑定士齋藤保さんからは「鑑定士として6年間の集大成としての鑑定を出したが、3月16日は棄却という結果に終わった。これからどのように闘っていくか。弁護団、鑑定人、支援者は夫々違う。鑑定人は中立の立場として、どれだけのデータを出し、結果が出せるかということだ。結果に対する原因がある。今回は『ごまかし論法』で棄却をしている。これを打ち破る」と力強い講演を頂きました。

中山弁護士「絶対に負けない、全力で闘う」 古河さん「勝利するとの熱い思いで」


 「石川さんを支援する会埼玉連絡会」古河さんからこの1年間の取り組みの報告がありました。10月の狭山ウォーク、5月の狭山マラソンを継続して続けられています。「Nさんが60歳を機に走れるだけ走りたい、歩きたいと参加したがその女性に大いに力をもらった」との報告がされました。会場に来られていたNさんから「浦和から日比谷まで歩きとおした(2区間を走った)その中で闘い続ける厳しさも実感した。自分に何が出来るか、それをどう実践していくか、一人ひとりが考えて、自分が出来ることを実行すれば必ず結果が現れる。よき日はくる。これからも自分に出来ることをひろげていきたい」と話されました。私たちも、5月、10月と応援のため浦和地裁前のスタート地点に行き、Nさんの姿を見たときは本当に驚きましたし、感動しました。「狭山は私の問題」と熱く語る彼女に狭山の展望を切り拓く力を感じました。

狭山分科会自分にできることを 5月24日浦和から日比谷まで狭山マラソン


 三次で勝つために弁護団も鑑定人も全力を傾注していることがひしひしと伝わってきました。私たちも全力で闘い続けます。

 初日の来賓挨拶の中で、「ここ秩父地方は明治初期、自由民権運動の闘いがあったところで、「秩父の乱」として映画化もされています」とこの地で集会が開かれることを東日本部落解放研究所の石田貞さんが感慨深く話されたことが印象に残っています。

 天気予報は2日間雨でしたが、日中は雨にも降られず、ほんとうによかったです。秩父は寒いくらいで、私は風邪を引いてしまいました。