第31回カトリック「正義と平和」全国集会横浜大会で

 2005年9月23日〜25日まで横浜で第31回カトリック「正義と平和」全国集会が開かれました。
 日本カトリック部落問題委員会では狭山事件を「部落差別の典型としてのこの事件を本委員会の取り組みの中心課題」と位置づけ、これまでも狭山現地調査、狭山中央集会をはじめ、裁判所に「事実調べ」、検察庁に「証拠開示」の要請行動等、積極的に行ってくださっています。今回全国集会で「狭山事件第三次再審請求」の分科会を持っていただきました。狭山事件の真相と、石川の42年間のこれまでの思い、闘いを知っていただきたい、と願う私たちにとって、ほんとうにうれしいことでした。
 また、この分科会を開くにあたり、ご尽力を頂いたNさんは、9月17日から栃木県で開かれた部落解放全国青年集会にも、司会をされる人と3人で来てくださっていました。

 この日台風17号接近のニュースを心配していましたが、小雨程度でホッとしました。

 和歌山から来てくださったOさんは開会挨拶で「第三次署名を全力で取リ組む提起をしたい。皆さんに用紙を持って帰ってもらいたいとお願いするつもりでしたが、署名は第三次を提出してからということなので、そのときにはお願いします」とおっしゃって頂きました。

 まずビデオ『「ザ・スクープ」〜ある日、突然犯人に〜冤罪の構図〜狭山事件42年目の真実〜』を上映後、石川は「冤罪はまだ晴れない。先が見えない状況にある。狭山事件は差別裁判、権力犯罪であり、その意味でも裁判の難しさがあるが、私の無実は事実調べがはじまれば一目瞭然。検察庁には隠されている多くの証拠がある。その半分でもいいから開示してほしい。皆さんに力を貸していただきたい。三次に賭けている。無罪を勝ち取り、裁判官が一言でも謝ってくれたら、今迄苦しんできたことのすべてを水に流す」と狭山事件の真相を述べるとともに、自らの思いを語りました。

 その後4グループでの討論で多くの意見、感想や、自分と狭山の関わりなど時間をオーバーしての活発な話し合いがされました。家族全員で狭山分科会に参加してくださったNさんは、1971年から狭山を支援し続けてくださっていること、またYさんは群馬県の住民の会で中心的な役割を担ってくださっていますが、「今日はパートナーと一緒です」と話してくださいました。「今は静岡ですが1998年、鹿児島でいたころ住民の会に入っていて、そのとき石川さんの話を何度か聞いた」というHさん、今年はじめ兵庫県から現調に来てくださり、兵庫県に帰られてから、たくさんの人に署名をお願いしてくださり、その署名用紙をわざわざ郵送してくださったKさん、「これまで頼まれれば漫然と署名をしていた、人事だったけれど、今回『私が私として』署名したい、何が出来るのかと思い、石川さんの話を伺いに来ました」と話してくださったかたも何人かいらっしゃいました。埼玉からも埼玉新聞のHさんや、「狭山から来ました」と自己紹介をしてくださった方と、驚いたり、感動したりの時間でした。
 
 交流会でも話はつきませんでした。石川と離れたテーブルでいましたが、突然石川の携帯電話の着メロが鳴ったので「エッ」と振り返ると、石川はとても楽しそうに、西田佐知子さんの「コーヒールンバ」の着メロの話をしていました。後から聞いてみると「石川さんは製菓会社で働いているとき恋人ができ、その人が好きだった歌を覚えたかったけど覚えられなかった、との話を以前聞いたことがあるが、どんな歌ですか?」と質問をされたそうです。当時「コーヒールンバ」がはやっていて恋人は「コーヒールンバ」が好きでよく歌っていたそうです。石川に「この歌を覚えて」と言ったけれど、字が読めない石川は早いテンポの曲(歌詞)についていくことが出来ず、覚えられなかったそうです。着メロの「コーヒールンバ」は大阪のMさんに入れていただいたのですが、彼の短い青春の、一番楽しい思い出ではないかと思います。
 
 参加していただいた多くの人が狭山バッジを胸につけてくださっていました。狭山に帰るのは遅い時間になりましたが、出かける時よりももっと元気になって帰ってきました。皆さんありがとうございました。