2005年10月30日、狭山事件の起きた狭山の地ではじめて「狭山事件の再審を求める全国集会」が開かれました。集会場所は石川が通った旧入間川小学校跡地でした。といっても石川は小学校には5年までしか通っていません。5年生の途中から年季奉公(賃金を1年分先にもらい、住み込みで働いた)に出されており、それまでも、農家の草取りなどの仕事に出ていましたので、あまり学校で勉強をした記憶はないそうです。学校にはほとんど行くことができず、教育の機会を奪われていた石川ですが、その跡地で狭山の集会がされるということに、なにか石川の複雑な思いが感じられました。「せめて義務教育さえ受けることが出来ていたら、この事件に巻き込まれなかったかもしれない」との思いがあるのです。
 
 集会には全国各地から3000人が結集してくださいました。最初に「うっちゃんバンド」が狭山歌で迎えてくれました。
来賓挨拶で地元狭山市の中川幸成市長が「司法の場に石川さんの切なる願いが届くように」という挨拶におもわず涙があふれました。43年前狭山事件が起こりましたが、その当時のマスコミや、市民は、被差別部落=石川に対する偏見と予断に満ち溢れ、石川を犯人に仕立て上げた一翼を担ったと思われましたが、無実を訴え続ける石川の闘い、そして心ある多くの人の支援が少しずつ狭山事件に対する見方を変えていったんだと思いました。 
 中山武敏主任弁護人から来年5月、東京高裁に第三次再審請求を出すこと、提出する新証拠を準備していることなどが報告されました。その後ルポライターで「狭山事件の再審を求める市民の会」事務局長の鎌田慧さんと、石川の対談があり、作家中山千夏さんからも連帯のアピールを頂きました。

 「市民の力で再審開始を実現させよう」との集会アピールをしたあと、狭山市役所までデモ行進をして集会を終えました。集会の途中,航空自衛隊入間基地の飛行機の爆音に邪魔されましたが、狭山の集会に全国から多くの人が埼玉県まで来て下さいました。おかげさまで集会も盛会でした。
 皆さんありがとうございました。第三次に向け、皆さんから大きなお力を頂き、大きな一歩を踏み出しました。

部落解放同盟・組坂繁之委員長挨拶 来賓挨拶・中川幸成狭山市長


作家中山千夏さん・連帯挨拶 再審を求める市民の会鎌田慧さんと対談


集会関連のニュース等

埼玉新聞

豊中・狭山事件研究会「ストーンリバー」  Web荊冠旗  メルマガ狭山の風VoI 217

「狭山事件の再審を求める市民集会inSAYAMA」の様子が『狭山再審市民集会実行委』公式HPに動画配信されています。