2006年3月18日〜19日大阪で全国女性集会が開かれました。
主催者を代表して組坂委員長が「狭山の勝利なくして部落解放はない。石川さんの無実を勝ち取るため全力で闘う」等挨拶がありました。また、全女集会参加者名で日本相撲協会に「大阪府知事が女性であることを理由にした土俵上での知事賞授与拒否に関する申し入れ書」を提出することに対し、太田房江知事から「伝統と文化を継承するためとして、日本相撲協会から土俵上での知事賞授与を拒否され続けている。拒否の理由は明白、女性であることを理由に差別されてはならない。これからも相撲協会に問いかけていく。皆さんも応援してほしい」との力強い挨拶に会場から大きな拍手がありました。
 
 2日目は8分科会とフィールドワーク(5コース)がありました。

 第2分科会「狭山闘争とえん罪事件の取り組み」は埼玉県連、三重県連、大阪府連から活動報告がありました。
 午前9時から午後3時まで、会場からの質問、要望、決意、感想等発言が絶え間なく続き、活発な分科会でした。また、参加していただいた方から「私の狭山」が語られました。

 長野県の山口さんが「字がかけない人に脅迫状は書けない。私は識字学級で23年学んでいる。字を知っているということと文章を書くということはまた別。私は石川さんに手紙を書いた。便箋2枚の手紙を書くのに2〜3日かかった。ポストに入れるときも悩んだけれど、手紙がポトンと落ちた。字をほとんど知らなかった石川さんにあのような脅迫状は書けない。今回足が痛くて集会にはもうこられないと思っていたが、『行こう』と誘ってくれた。石川さんに元気でいてほしい」と話してくださいました。山口さんの話を裁判官に聞いてもらいたいと思います。識字で学んでいるという方がたくさん参加してくださっていました。

 三重県のチィちゃんも山口さんと同じ80歳を越えられていますが、「識字に行くのが楽しい、石川さんは私の息子」と話されます。

 識字に入り30年という兵庫県の輝美さんは「狭山現調に初めて行ったとき4歳だった息子が今36歳。私の連れ合いは石川さんと同じ年、連れ合いも文字をしらない。事件が私の地元で起きていたら、連れ合いが、父ちゃんが、じいちゃんが犯人とされたかもしれない。私は毎年文化祭で「狭山」を展示する。来てくれた人に狭山の話をする。文化祭で連れ合いが協力してくれる。これが私の闘い」との報告に教育の機会を奪われてきた憤りや、切なさ、そして文字を取り戻し、文字で表現することの喜びも感じられました。石川の苦しみ、無念、怒り、切なさは自分の怒りであり、切なさであるからこそ、石川の思いを吾が事として感じられるのでしょう。

「青空求めて」を歌う東京都連の皆さん

 休憩時間に東京都連の皆さんが「青空求めて」を手話付でさわやかに歌ってくださいました。とっても素敵な歌で大きな拍手がありました。
 
 座り込みの報告、住民の会結成の報告、狭山ステッカー、ゼッケン登校、狭山ビラ情宣を続けている、狭山ビラも見出しをカラー刷りにし「今、裁判所が危ない!」と大きく書いたらみんなよく見てくれる、メーデーに参加しパネル展示・ビラ配布等で狭山をアピール、自分で出来ることをと考え、鴨居を模造紙でつくり、学習会の時、壁に貼って説明をした、狭山ウォーク・マラソンの取り組み、狭山パネル展と手作りアンケートを続けている、また高知県からは選挙違反容疑をかけられたが狭山の闘いで学んだことが大きな力となったことなどの報告がありました。


 助言者から「第三次再審は5月23日に請求する。鍵は証拠開示と事実調べ、勝つためになにをすべきか。自分ができる所からはじめてもらいたい」と話されました。「狭山闘争はわれわれ自身を強くもし、賢くもした」と締めくくられたことばがとても心に残りました。

 狭山事件に関わる証拠を全て開示してほしい、事実調べをしてほしい、この当たり前の願いが届かない。石川一雄を今も縛っている見えない手錠を解かせるために多くの人の力を貸していただきたいと願っています。