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| Web荊冠旗ホームページより(写真) |
2006年4月28日、午後6時30分から東京・主婦会館で開かれた「ジャーナリストが見た43年目の狭山事件」〜狭山事件の再審を求める市民集会〜に多くの人が参加してくださいました。遠くは福岡県や、大阪、京都からも来ていただき驚きました。皆さん自主参加してくださったことをお伺いし、申しわけなく思うと同時に、狭山闘争を支えてくださる大きな力も実感しました。
埼玉、東京、千葉からも来て下さいました。私の知らない方で遠くから来てくださった方も大勢いらっしゃったのではないかと思います。
今から4年前、中学生だったKさんHさんが来てくれました。中学生の時「えん罪」でインターネットを検索し、私の「えん罪・狭山事件」のホームページにたどり着き、5人くらいで狭山に来てくださったのです。受験前の大変な時期であったにも関わらず、Kさんのお母さんが作ってくださった「ケーキ」を持って・・・感動したものでした。高校生になって「ささぶえの会」(さ{差別}さ{狭山}ぶ{部落}え{えん罪})というサークルを作り、文化祭で狭山の展示もしてくださいました。今、大学1年生と予備校生のお二人がまた私のホームページの案内を見て市民集会に来てくださったということが一番うれしいことでした。

京都からは40年近く狭山を闘い続けているという方(写真)が、Eさん、そのパートナー、お孫さんのMさんたちと3代で来てくださっていました。石川が「お世話になってありがとうございます」と言うと「狭山は私のこと、だから石川さんはありがとうって言わなくていいんだ」とおっしゃられました。そして「石川さんに一目逢いたかった。元気でいてください」と言うその眼には涙が光っていました。彼女の温かさと、凛としたたたずまいは、人間の尊厳を、人間として当たり前に生きたいと思う気持ちを、踏みにじられ、侵害されることを許さないと、厳しい闘いの中で生き抜いてきた証なのだと思います。老いた両親が息子の無実を訴え続けた姿を見てきた彼女が「この出会い 誰が与えてくれたのか 目には見えない父母か」と詠まれました。
43年前、狭山事件発生当時、カメラマンとしてジャーナリストの仕事をされ、狭山事件の取材をされた熊切圭介さん、朝日新聞記者として狭山現地で取材された江森陽弘さんは生々しく当時の状況を伝えてくださいました。1963年5月1日狭山事件が発生しましたが、熊切さんは5月4日狭山に取材に入られたそうです。「当時は激しい雨がよく降っていたし、現場周辺はごった返していて何の規制もなく、犯人の「足跡」が採られたということも、万年筆の発見も、とても信じられない、というのが取材陣の実感であった。特に万年筆の発見については、どう考えてもおかしい。私もかもいは捜索の前に見た。すぐ頭の上にあり、振り向けば見える位置にあった。警察が徹底的に捜索して、見つからなかったものが、3回目に見つかるとはとても信じられない。鴨居の状況はとてもよく見える場所である。当時はいろんな人の出入りがされていた。狭山事件は40年以上にわたって長い重い時間が過ぎた。裁判制度を含め、考えないといけない」と話されました。
江森陽弘さんは当時32歳で、朝日新聞の事件記者をされていました。事件発生から1週間後に先輩の記者に「犯人は被差別部落出身とのうわさが立っている。人権問題になる可能性もある」と取材に誘われて狭山にこられたそうです。現場に通う中で、市民への聞き込みをすると、被差別部落への偏見が満ち満ちていたので驚いたそうです。「警察にジャーナリストはうまく利用された」と話す江森さんのノートには、びっしりと狭山事件について、ご自分で調べられたことが書かれていました。特に脅迫状について「脅迫状には間違った字は一つもない。当て字にしている。句読点もきちんと打たれ、強く言いたいことは大きな字で書かれている。意図的に間違えて書いていることは明らか。文字に熟練している人が書いたもの」と、脅迫状が証拠の主軸とされた狭山事件に、切り込んで分かりやすく話されました。
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| 「市民の会」代表・庭山英雄さんの挨拶 |
下野新聞(栃木県)記者の板橋洋佳さんは2004年に栃木県宇都宮市で起きた強盗事件について、県警・検察は物証がないにもかかわらず「自白は信用できる」として、誤認逮捕・起訴した事件について「狭山事件とよく似ている。物証もなく、自白証書のみで、犯人とされた人が地図も書いているが、警察が薄く書いたものをなぞって書かせたもので、無理やり犯人にデッチ上げた。ジャーナリズムは権力を監視するという使命がある」等報告がありました。真犯人が出て来なかったら狭山事件のように犯人にされていたかもしれません。今も権力犯罪はあるのです。
明日は狭山事件発生から43回目の5月1日です。
午前中現調に来てくださる方がいます。「狭山事件を推理する」というホームページを作られているかたです。さまざまな形で狭山は発信されています。
※ 4月30日の埼玉新聞に集会の記事が掲載されています。