2006年5月24日、高知龍馬空港に降りると、前日23日、東京で開かれた狭山事件の再審を求める市民集会に来て下さっていたYさんがにこやかに迎えてくださいました。「昨日高知は土砂降りだったんです。日比谷の集会では雨もあまり降らなくてよかったですね。今日24日の高知新聞にも昨日の集会が大きく載っています」と新聞を持って来て下さいました。
 今回で345回目の狭山デーが始まったのは1977年だそうです。その年の8月9日、最高裁判所で上告が棄却され、石川は「無期懲役」刑が確定しました。口頭弁論も開かれず、不当な決定に対する怒りと抗議で、1977年9月、石川が別件で逮捕された5月23日にちなんで、23日を「狭山デー」とし、第1回が開かれたそうです。それ以来1回も休むことなく続き、今年の9月で29年になるそうです。
 会場の長浜市民会館には6時半ごろから人が集まり始め、開会の7時になると用意された椅子が足りなるほどたくさんの人が来て下さいました。部落解放同盟高知市協議会・議長の森田益子さんは「継続は力。これほどたくさんの人が狭山第3次の闘いのはじめの時に来てくださった。力を結集して三次を闘おう」と挨拶されました。
 私は四国、徳島県の出身なので、高知県はふるさとのように思えます。
翌朝、桂浜の砂浜を歩き、太平洋を眺めました。闘いの夜明けは故郷に続く高知で、青い海と空、狭山を闘う多くの人たちが迎えてくれました。


第345回「23デー」高知集会 故郷.徳島や世界へ繋がる太平洋桂浜)