
1997年3月、「狭山事件を考える京都・行橋住民の会」が結成され10年になる今年、総会後の学習会で訴える機会を頂きました。
これまで、学習会、啓発ビラの作成配布、また「狭山再審リボンバッジ」の取り組み、狭山集会への参加など狭山事件の再審開始に向けさまざまに取り組んでこられたそうです。
2006年5月23日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた狭山市民集会に来てくださった住民の会事務局長のNさんが6月16日、北九州空港まで迎えに来てくださっていました。会場に行く車中で43年前、京都・行橋の地で「識字学級」の火が灯され、全国に先駆け「差別によって奪われた文字を取り戻す」運動としてはじめられたことなどお伺いしました。43年前というと狭山事件が発生した年であり、石川一雄が別件で逮捕された年です。部落差別の結果、義務教育の場からもはじきとばされ、ひらがなさえ間違って書いていた石川が「脅迫状」を書いたとされたのです。石川は「当時私はあのようなりっぱな脅迫状は書けませんでした」と裁判の中でも述べています。文字(教育)の必要性を痛切に感じ、獄中で文字を取り戻した石川にとって原点ともいうべき「識字」学級がこの地で今も脈々と息づき、闘い継がれています。だからこそ、狭山事件に対し、心寄せる多くの方がいてくださることを感じました。「ヤング解放学級」も開かれていて、メンバーの皆さんが総会にも来てくださっていました。闘いが青年にしっかりと受け継がれていることをうれしく思いました。
結成当初から住民の会・会長をされている柴田さんより、「アッという間の10年だった。この間、第二次再審が棄却されたが、新たなる第3次の運動を進めていく。狭山をこの地から支援していこう。厳しい闘いが続くと思うが、一人でも多くの人が参加していただきたい」との挨拶を頂きました。
くまもと「狭山事件」を考える住民の会、「狭山事件を考える豊前築城地区住民の会」からも会場に駆けつけてくださっていました。また「6月16日、会いに会場に行きます。かよ子さんにも連絡しました」とのお便りを下さったBさんとお連れ合いさん、そして小倉からはかよ子さんたちも駆けつけてくださいました。温かい会場の雰囲気に大いに勇気付けられ、第3次への更なる支援のお願いをさせていただきました。

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狭山を出るときは雨、傘を持って出ましたが、京都・行橋は晴れ。私たちの闘いも明るい展望が拓かれる予感がしました。 お世話になりましたNさん、住民の会の皆さん、会場に来てくださったすべての皆さんに心から感謝いたします。