
大津駅から車で7〜8分走ると目の前に海が・・・・・と思ったのは琵琶湖でした。
2006年7月11日、滋賀県同和教育推進協議会・総会後の講演会に呼んでいただきました。会場に着くとMさん、Iさん、Nさんなどこれまで出会ったたくさんの人たちが待っていてくださいました。
石川は、教育を十分に受けることができなく、警察にだまされ狭山事件の犯人にされていった経過や、死刑判決が出された後、東京拘置所で正義感のある看守さんに出会い、文字を教えてもらったこと、とり戻した文字で自分の無実を訴えていったこと、32年間の無実の獄は苦しかったが、そのおかげで文字を取り戻し、多くのことを学ぶことができたので無駄ではなかったこと、5月23日第三次の再審請求を出したこと、裁判官に事実調べをしてもらえれば、狭山事件の冤罪が明らかになるので、事実調べをさせるよう、世論を大きくしていただきたいことなど、支援のお願いをさせていただきました。また冤罪が晴れれば夜間中学校に行きたい夢なども語りました。
冨田会長さんから「石川さんの話を聞き、石川さんは無実だと確信をした。狭山事件は43年前の事件であり、多くの人は知らない、私たち、一人ひとりが狭山を伝えることが大事。三次を共に闘いたい。石川さんには元気でいてください」と温かい励ましの挨拶を頂きました。冨田さんの胸には狭山バッジがありました。
NさんIさんから「今年も部落解放青年交流バスツアーを計画しています」と元気の出るお話も聞かせて頂きました。
京都駅でまたまたとてもうれしい出来事がありました。私たちは狭山バッジをつけていたのですが、職員の方から「そのバッジは狭山バッジですね」と声をかけられたのです。「そうです」と答えると、ニコニコされて「私もいつも付けています」と話してくださいました。とてもうれしくなって「ありがとうございます。私は石川早智子といいます。石川一雄も一緒です」と挨拶をしました。石川は先を歩いていたのですが、挨拶をさせていただくことができました。小さいバッジですが、とても大きな連帯、絆を感じさせて頂いた一日でした。