「狭山事件を考える越智今治の会」第8回総会記念講演&パネルディスカッション

下の囲みの文章は「狭山事件を考える越智今治の会」が出された案内ビラです。

 2005年3月16日、狭山事件の再審を求めていた石川一雄さんに対し、最高裁判所は事実調べを行うことなく再審請求を棄却しました。石川さんは「無実が晴れるまで闘い続ける」と語っています。石川さん、弁護団は2006年5月23日に第3次の再審請求を起こしました。
河野義行さんは「松本サリン事件」の被害者でありながら、警察に「犯人」扱いされ、マスコミも「犯人」報道しました。狭山事件・松本事件を通して、えん罪・差別・報道の問題点を考える機会にしたいと思います。狭山事件の再審開始に向け、一人ひとり何が出来るのか、ともに考えてください。


 10月8日、河野義行さんと一緒に松山空港に降りると、会の代表をされている弓山さん、8年前、会結成の時に出会わせていただいたSさん、今治から1時間あまり車を運転して迎えに来てくださったSさんの姿がありました。波の穏やかな海岸線を走っているとかもめが飛び交い、あちこちに釣り人が釣り糸を垂らしていました。
 
 会場のテクスポート今治に着くと、徳島から友人たちが来てくれていました。先日熊本で開かれた全研でお会いしたばかりで、徳島から3時間近くかかる愛媛まで来てくださると思ってもいなかったので驚きましたし、うれしかったです。
驚いたことはもう一つ、以前このホームページでもご紹介させていただきましたが、兵庫県からYさんが来て下さいました。実はお手紙のやりとりだけでこれまでお会いしたことはなかったのです。彼女のお連れ合いさんの実家が愛媛県にあり、時々、愛媛県に帰られていることはお伺いしていました。「こんにちは、Yです」と声をかけられたときは、驚いて声が出ないほどでした。「なぜ?どうして?」と言ったように思います。今から思うと大変失礼な言葉だったと思います。Yさんは介護で昨日愛媛県に来られたとのこと、「偶然今日(8日)の愛媛新聞を見ていたら、石川さんや河野さんの記念講演が午後1時半からあると載っていたので、急いで出かけてきました」と話して下さったのです。お会いしたいと思っていた人に突然、偶然に、このような形でお会いできるなんて思っても見ませんでした。感激して、何をどのように話してよいかわかりませんでした。
また、今から20数年前、部落解放運動の中で出会ったAさんが、2年前から愛媛県に住まわれているので、8月の終わりに、Aさんに署名のお願いと、10月8日の案内のお手紙を出していました。9月15日、Aさんから署名用紙とお手紙が届きました。「〜省略 夏バテもせず元気に過ごしています。在宅生活ももう少しで2年を迎えます。〜略 遅くなりましたが署名用紙送ります。僕に出来ることはこれぐらいですが、これから始まる新たな闘いを、愛媛から応援しています。10/8の今治での集会、自宅から1時間半ぐらいの場所なので、時間の都合が合えば、ぜひ行きたいと思っています。会えるのを楽しみにしています。略〜」とのお手紙と署名用紙を頂いていました。Aさんは長く徳島で療養生活をされていました。体調を心配しながらも、「きっと会える」と思っていましたが、やっぱり来て下さいました。彼の車椅子を押すステキなパートナーと一緒に・・・・・

 石川は「三次が最後の闘いとなるように必死で闘っている。皆さんの声を裁判所に届けてほしい」と訴えました。

 河野さんから「何もしていない人が何もしていないという証明はできない」「ポリグラフは絶対受けるべきでない」「自白をさせる一番の方法はプライド・自尊心を剥ぎ取ること」「やっていない人がやっているというはずがないという市民感覚がある」「石川さんも私もどうして耐えてこられたか(差別的な報道、過酷な取調べ等)それは孤立しなかったこと。一人でも自分を信じてくれる人がいたらつぶれない。だから今の石川さんがいる。みんなで無罪獲得まで信じ支えていただきたい」等松本サリン事件の犯人として疑われた当時の状況などお話されました。

 河野さんのお話を伺いながら、2006年5月23日、第3次再審がスタートした日、日比谷野外音楽堂での狭山集会の中で甲山事件の犯人とされながら、長い闘いの中で無罪を勝ち取った山田悦子さんの言葉を思い出していました。山田さんは「狭山裁判でも証拠は出尽くしている。しかし、再審の門を開かせるために新証拠を私たちが発見し、提示しなければならない。無実のものは、やっていないことの証拠などない。やってないことの証明は不可能だ。やってない者に対して証拠を作ることは無限大にできる。この無限大に作られた証拠を私たちは一つひとつ崩していかなければならない。ここに日本の刑事司法の根深い、大変な悲劇がある。私たちはこういう司法を持っている国民だ」と話されたことです。でも山田さんは「私たち国民一人ひとりが「法の精神」を創造していくムードをつくり、裁判所を包囲し、裁判官の心を動かしていこう」と結ばれたのです。(機関誌:狭山差別裁判より)

 「えん罪の温床となる危険性がある留置場(代用監獄)での取り調べの全過程での可視化(ビデオ等による録画録音)の必要性」や、「証拠の開示は検察側の一存で決められている。検察側にとって都合の悪い証拠は表に出てこないのではないか。税金を使って集めた証拠は警察・検察の財産でなく、国民の財産なので証拠隠しは許されない。このことは1998年の国際人権(自由権)規約委員会が『検察側が持つあらゆる証拠について弁護側がアクセスできるように』との勧告もあるのでは」など多くの意見、提言が出されました。司法の民主化を目指すという声だけに終わらせず、一つひとつ変えていく運動が大切だと痛感させられました。

 翌日も瀬戸内海は穏やかでかもめが飛んでいました。9日の愛媛新聞には「えん罪や差別をなくそう」「狭山事件の石川さんら講演」というタイトルでカラー写真入りで記事が掲載されていたのもうれしいことでした。

 広島県から来てくださったSさん、会場まで4時間かけてきてくださったという方も・・・・・9日松山空港にはTさんがニコニコして見送りに来てくださっていました・・・・・

 今回も多くの新たな出会い、交流がありました。河野さんは今も病床にあるパートナーに今治のタオルをお土産にと一生懸命探しておられました。とてもやさしい顔をされていました。闘いの中で、やさしさや、厳しさに出会います。そしてそれが私たちの力となります。