2006年10月11日、真言宗豊山派宗務所の宗立同和推進講習会で「無実の訴え」と題し、石川の話を聞いていただく機会を頂きました。東京・護国寺に着くと入り口に「全国同和推進講習会」と書かれた立て看板がありました。外はまだ蒸し暑い日でしたが、お寺のなかはひんやりとしていました。昨年2月、テレビ朝日が放映した「ザ・スクープ」を視聴後、石川の「無実の訴え」を聞いていただきました。「三次で勝利したい。裁判所は事実調べをしてほしい。裁判官は狭山現地に来て、現地に立ってほしい。鑑定人尋問をしてほしい。裁判所を動かすには大きな世論の力が必要。公平で公正な裁判が受けられるよう、力を貸していただきたい。私のような悲劇な人を二度と出さないように、司法の闇を明らかにしてほしい。今『署名』活動が取り組まれている、100万人の署名を裁判所に提出したい。裁判所は、真正面から狭山に向き合い、司法の役割である『真実の発見』に向け、真摯に精査探究し、自分たちの責務を全うしてもらいたい」など、あふれ出る思いが言葉となって、訴えていました。「署名など地元に帰り積極的にとりくみたい」とのお言葉を頂き、皆さんから大きな力を頂いたように思います。ありがとうございました。


 2006年10月12日、東京の高校で校内部落問題講演会「狭山事件・私にとっての教育」というテーマで話を聞いていただきました。石川は小学校5年生の途中までしか学校に行っていません。小学校3年生くらいから農家の草むしりなどの仕事をしたり、雨が降れば傘がなく学校を休むなど、教育を十分に受けることができませんでした。部落差別が貧困を生み、貧困と差別が教育をうばい、石川一雄から青春や、人生の大半を奪ったのです。石川にとって文字を取り戻すことはまさに命を繋ぐことだったと思います。獄中でとり戻した文字を力にして、多くの人に真実を訴え、権力犯罪、部落差別を訴え続けたのです。文字によって真実を語る力、表現する力をつけ、石川は大きく変われたのではないかと思います。石川はえん罪が晴れたら一日も行くことが出来なかった中学校(夜間)に行きたいという夢を今も持ち続けています。石川はそのおもいを語りました。