10・29埼玉集会

 寺尾差別判決32ヵ年糾弾!狭山第3次再審闘争勝利!埼玉集会が狭山市「サンパーク奥富」で開かれました。会場に用意された400の椅子が一杯になり、入りきれない人が大勢廊下に坐られていました。日曜日の一日、このようにたくさんの人が来てくださり、私たちも力を頂きました。
 主催者の埼玉県連片岡委員長より「43年目の狭山・石川一雄さんは67歳になった。三次でなんとしても無罪を勝ち取りたい。署名活動等闘っていく」と挨拶を頂きました。

 来賓として「狭山事件の再審を求める市民の会」代表の庭山弁護士が「『STONE RIBER』という機関誌が届いた。中には署名用紙が入っていた。これまで何度も送られて読ませていただいている。すばらしい行動をしている。ペンネーム『ヒロコ』という方が書かれている『まだまだ続く、最高裁への旅』という報告書を読み感動、感銘した。このような一人ひとりの行動が狭山を動かす原動力」と話されました。私たちの所にも豊中・狭山事件研究会「ストーンリバー」発行の『STONE RIBER』が届いています。小柄な「ヒロコ」さんが高裁や、高検、最高裁に対して、迫力ある要請行動をおこしています。「私が私であるための闘いの旅はまだまだ続くようです」何年か前、この言葉を彼女から聞きました。「個人として私が出来ることをしているだけ」という彼女のことばは強く強く私の心に響きます。
 参議院議員・家西悟さんから「薬害エイズの問題を闘っているとき、隠されていた多くの事実が明らかになることによって真実が明らかになった。狭山事件の石川さんの問題も同じ。証拠隠しは許されない」と支援の言葉を頂きました。
 
 狭山弁護団の河村弁護士から「狭山事件・第3次再審請求のスタート」と題して報告がありました。河村さんは弁護士になられて6年目で、社会派弁護士として活躍されています。狭山事件の資料を読み寺尾判決が明らかに間違っている。えん罪だと思ったので弁護団に入って下さったそうです。河村弁護士は狭山事件を大学に入ってはじめて知ったそうですが、「狭山事件をあまり知らない若い人に狭山事件の誤判を伝えていきたい」と話されました。

 特別報告は日本裁判史上はじめて「死刑囚の再審無罪」を勝ち取られた免田栄さんからありました。第6次再審、福岡高裁で裁判官は「指紋の有無」を警察官に問い、事件から30年たって鑑定人尋問や現場検証を行い、再審が開始されたそうです。それ以前に証拠リストも開示され重要な証拠開示も勝ち取られていました。今80歳を越えられた免田さんが「自分の命の続く限り人権・えん罪の問題に取り組む。皆さんも長期にわたる狭山事件が一日も早く解決することに協力してくださると信じている」と結ばれました。
 狭山事件には犯人とされた石川一雄の指紋は一つもありません。検察庁は狭山事件の証拠リストの開示も拒否し、積み上げれば2〜3メートルあるという狭山事件に関わる証拠も開示されていません。

 埼玉県内の各住民の会からも連帯の挨拶を頂きました。司法の不正義に、正義を求めて闘い続けて下さっている多くの市民・住民の会の皆さんの闘いは、石川の無実の証であると私は思っています。

 この日、新狭山市駅で午前10時から正午まで「県南・石川一雄さんを支援する会」を中心に住民の会の皆さんが狭山のビラまきと署名活動をしてくださいました。「支援する会」の皆さんは毎月1回、狭山のビラまきと署名活動を続けてくださっています(9月は2回、2日と24日大宮駅西口で)。この日(10月29日)も「石川一雄さんを知っています。とても優しい子で、そんなことをする人ではない。今でも応援しています」と署名をしてくださった人、また、当時の様子を話して下さった人など、情宣行動の中でうれしいこともあったと伺いました。
 一つ池に石を投げると波紋が広がります。小さなさざなみが集まれば大きなうねりになります。狭山に大きな大きなうねりが起こり、三次で道が拓けるよう、皆様のご支援を心よりお願いいたします。


 10月29日、午前中、福岡県の「狭山問題を考える添田町民の会」の皆さんが狭山現調に来て下さいました。
 10月31日、5月23日の狭山の節目の日に必ず狭山現調に来てくださっています。多分一番多く狭山に来てくださっていると思います。今回も子ども会の皆さんからの寄せ書き等を持ってきてくださいました。
石川さんへ届け!みんなの想い
私たちのメッセージ
ありがとうございました。皆さんの想い・メッセージを一杯届けていただきました。