10/31狭山事件の再審を求める市民集会

 無実を訴え続けていた石川一雄に、東京高裁・寺尾裁判長は1974年10月31日、無期懲役の有罪判決を下し、この判決が最高裁で確定したのです。あれから32年が過ぎました。石川の両手には今も「見えない手錠」がかかったままです。

 2006年10月31日、東京・神保町の日本教育会館一ツ橋ホールで「狭山事件の再審を求める市民集会」が開かれました。
会場に入りきれない人が廊下にあふれるほど、全国各地から集会に駆けつけてくださった皆さんに心から感謝いたします。弁護団報告のあと、日本弁護士連合会副会長であり、また徳島県の住民の会「狭山事件を考える徳島の会」代表もされている木村清志さんから「誤判・えん罪と日弁連の取り組み」と題した報告がありました。連帯アピールもたくさんいただきました。23デー街頭署名の取り組みの報告をされた部落解放徳島青年共闘会議のKさんは、私が以前働いていた同じ職場(労働組合)の人でした。今も組合を挙げて狭山を闘い続けてくださっていますし、私の運動の原点です。「狭山事件の再審を求める市民の会」事務局長・ルポライターの鎌田慧さんが「世論が不当な判決を許さなければ、必ず再審は実現する。100万人署名獲得に向けご協力を」と呼びかけられました。
 
 石川は「今度こそ私の身に光があたるように」と上記歌と

    と詠みました。

日弁連副会長・木村弁護士の報告 三次の勝利に向かって頑張ろう!
荊冠旗HPより(転載)


 集会終了後、山手線20駅頭で再審を求める署名活動を行いました。
皆さんの闘いの積み重ねとえん罪・差別は許さないとの熱い思い・闘いが今も狭山を支え、狭山の火は燃え続けています。

大きな横断幕で通行人にアピール 鎌田慧さん市民にアピール


 この日の午前中には兵庫・大阪からお二人が現調に来て下さいました。
毎年来てくださっています。ありがとうございました。

市民の会代表庭山英雄さんも街頭に 10・31狭山現調を


11月1日 埼玉新聞 の記事です。