
2月10日、長野県連女性部活動者会議で「狭山」を訴える機会を頂き、午前6時過ぎに狭山を出ましたが、高速道路に入った所で事故による渋滞に巻き込まれ、午前10時からの報告の時間に間に合うかとひやひやしました。渋滞を抜けると、軽井沢辺りから濃霧で視界が悪く、出鼻をくじかれる思いがしましたが、会場に着くと大勢の笑顔、笑顔・・・82歳のYさんも「足が痛かったけれど、石川さんたちがくるので、会いに来たよ」と待ってくださっていました。Kさんは「体調を崩されたと聞いたけど、石川さんに元気でいてもらわないと、これまで一生懸命頑張ってきた私たちの甲斐がない」などのお言葉を頂くとともに、自家製の野沢菜や、粕漬けなど持ってきてくださっていて胸がじーんとしました。
石川は表記の歌を詠み、「無実の獄の中で、この試練を乗り越えずして自分の人生はないと言い聞かせ、刑務所で必死に勉強をした。勉強をしていく中で様々なことが見えてきた。無罪を勝ち取るまで権力と真正面から闘っていこうと不退転に闘う決意をした。32年間耐え闘い続けてこられたのは、全国から寄せられる叱咤激励であった。特に子どもさんからの『石川兄ちゃんがんばれ』の声に支えられた。なんとしても三次で勝利したい。裁判所に事実調べをさせる、動かすためにも100万人の署名の達成を」等訴えました。
中山弁護士から「私のおいたちー狭山と私」の講演がありました。「人間として一番大切なものは人としてのあたたかさ。子どものころ父が憲法14条『すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない』の条文を壁に貼ってあり自然に覚えた。石川さんが狭山事件の犯人とする客観的な価値のある証拠は何もない。三次で事実調べ、鑑定人尋問をさせることが再審開始の道を拓く。最大限の力でがんばるので、皆さんも支援をしていただきたい」等、詳しく分かりやすく話されました。中山弁護士の「いつも虐げられている人の側に立ち続ける」生き方、たぶん石川と同じ苦しいことが多いだろうと思われる弁護活動の中で見せる笑顔の中に、熱と光を見ます。
会場一杯の熱気は、何十年も狭山や、運動を担い続けてきた女性たちの確かな実践の中で生まれたものだと思いました。
「つらいとき、苦しいとき、なぜか石川さんのことを思い出すんだ。くじけちゃいらんないなって思うんだ」
私たちも絶対に負けません。