2007年11月20日、埼玉県・上尾市文化センターで第27回部落解放埼玉県研究集会が開かれました。
 会場に一歩入って目に飛び込んできたのは、会場中央に貼られていた「狭山パネル」でした。その前に行くともう一つの「狭山パネル」がありました。パネルを見ている人は必ずもう一つのパネルにも足を止めていました。もう一つのパネルは「県南・石川一雄さんを支援する会」のメンバーが中心になって5月23日、浦和地裁前から狭山市民集会会場である日比谷野外音楽堂まで「狭山マラソン」をしている写真や、活動が紹介されているものでした。埼玉県内で活動している人が、生き生きと狭山を闘っている写真は、狭山をとても身近に感じさせるものだったと思いますし、また毎年5月23日に「狭山マラソン」を続け、市民に狭山をアピールしている姿を初めて知った方もいらっしゃったと思います。狭山は近くにあり、今もさまざまに闘われていること、そのことがとても新鮮に映ったのではないかと思いました。

 第6分科会「えん罪と狭山事件の真相」
 会場は用意されていた椅子が足りなくなるほど多くの人が来てくださいました。えん罪が最近急に多くなったということではなく、ずっと続いていたことなのですが、今警察、検察による事件のでっち上げがクローズアップされ、マスコミをにぎわしていること。警察も、検察も、裁判官も本来の使命である「真実を明らかにする」という立場でなく、司法の面子や権威を守ること、間違いに気づいてもその責任を取ることなく、隠すことに汲々としている、ということがはっきりと見えてきたこともあって多くの参加があったと思いますし、「狭山の風」を感じるものでした。
 庭山英雄弁護士から「相つぐえん罪事件と取調べの可視化」というテーマで、警察・検察がでっち上げた「権力犯罪」としての「鹿児島志布志事件」「富山氷見事件」や、民主党が実現を目指している「可視化」法案(取調べのときのビデオ・録音を導入)、狭山事件と最近の司法状況など話された後、「1963年、狭山事件に出会い、44年になる。闘いはやめない。私の立場でこれからも学会に訴え続ける」と結ばれました。庭山弁護士は今も一人で狭山を歩き、また多くの人を狭山現地に呼び、その案内をしてくださっています。石川はさらなる支援を訴えました。