2008年2月23日〜24日三重県総合文化センターで第13回部落解放研究三重県集会が開かれました。
 関東地方はこの日、春一番が吹き、狭山もまるで嵐のような突風が吹き荒れました。23日は、午後4時頃まで日本基督教団関東教区部落解放委員会の皆さんが狭山現調に来て下さっていましたので、午後5時過ぎに狭山を出ましたが、強風で電車等に影響が出ている、とのニュースに心配していました。西武新宿線、山手線も時間の遅れがありましたが、なんとか新幹線に間に合いホッとしました。JR名古屋駅から近鉄名古屋駅まで歩き、近鉄特急に乗り、しばらく走るとあたりがぼ〜っと白くなりました。雪がしんしんと舞っていました。四日市駅あたりにくると、まるで吹雪の状態になり、景色も真っ白に。明日の分科会、大丈夫かな〜と心配しながら到着時間が少し遅れて津駅に。

 翌24日午前6時前、ホテルの窓からの景色は吹雪でまったく見えなかったのですが、しばらくすると雪も少なくなりました。会場は三重県総合センター。控え室から外を眺めると、真っ赤な椿の花と、雪と一体となったような真っ白い枝垂れ梅に思わずシャッターを・・・・
「えん罪事件と差別」の第3分科会は午前9時半から始まりました。
午前中は「狭山事件の現在と司法状況」という演題で庭山英雄弁護士(狭山事件の再審を求める市民の会代表)の講演があり、午後からパネルディスカッションでした。コーディネーターは庭山弁護士、パネラーは熊本典道さん(元裁判官、弁護士、袴田事件再審支援弁護士) 川畑幸夫さん(志布志事件元被告)そして石川一雄(狭山事件再審請求人)と私石川早智子でした。

 庭山弁護士は刑法・刑事訴訟法を専門にされています。卒論のテーマも「誤判とえん罪」だったそうですが、日本から誤判とえん罪をなくしたいと、79歳になられた現在までその生き方を貫かれてこられました。事件発生時からの報道を見て「えん罪」だと思われたそうで、狭山事件にずっと関心を持ち続け、狭山支援を続けてくださっています。「狭山事件は被差別部落への偏見、袴田事件には当時ボクサーに対する偏見があり共通している。志布志事件は何もない所で事件がでっち上げられた。裁判官は疑わしきは被告人の利益にという無罪推定の立場をとるべきだがそうなっていない。2007年5月、国連で拷問禁止委員会が日本政府に勧告を出した。簡単に言うと、えん罪を防ぐために@代用監獄の廃止A取調べの可視化が中心になっている。狭山の闘いの中でこれまで求め続けたものだ。とても重要なことなのに、日本政府は国民に充分知らせない。このようなことをぜひ知って、えん罪がなくなるよう、またえん罪に関心を持って支援をお願いしたい」と話されました。

 熊本さんは、袴田事件に関わった時、客観的物証がほとんどないので自白の証拠能力が争点となるのに、警察留置場での長時間にわたる取調べや、弁護人と被疑者の接見が非常に少ない状況に疑問をもたれたそうです。熊本さんは無罪を主張しましたが、裁判官3人の合議で、有罪「死刑」となったこの事件を忘れたことがないと搾り出すように話されました。「死刑判決は担当した裁判官の全員一致であるべき」と話される熊本さんは、2009年5月から実施される「裁判員制度」についても自分が無罪を主張しても多数決で有罪が決まり「死刑」判決も出される可能性があることに対し、非常に危惧されていました。「志布志事件」でありもしない事件の被告とされ、「全員無罪」を勝ち取った川畑さんは「勝利できたのはメディアの力が大きい。私は任意で取り調べを受けた。任意なら警察に行かなくていい。自宅から弁護士に連絡する。どうしても行くようになればその過程を録音するなど自分を守る措置が必要。私は無知だったが、皆さんにはぜひ知っていただきたい。裁かれるべきは検察と警察である。2度と再びこのようなことを起こさせないためにも取調べの全面可視化が必要である。また民事訴訟でも捜査手法の違法性を認めさせた。志布志から全面可視化を発信し続ける」
 石川は狭山事件に巻きこまれた過程、現在の状況等報告しました。「裁判所が事実調べを行えば私の無実は明らかになる。『事実調べと証拠の開示を』という大きな世論で裁判所を包囲していただきたい」と訴えました。

 2度と「えん罪」を起こさせないという共通の認識と、狭山・袴田事件の再審が一日も早く開始されるようにとの思いが重なりあったように思います。会場には狭山ステッカー、狭山Tシャツが・・・ 雪の舞う寒さの中でも温かさを頂きました。