
2008年4月4日、JR新千歳空港駅からエアポート155号に乗り、車窓から見る白樺林と路肩に積み上げられた雪に驚きながら札幌駅に。
4日、午後6時から北農健保会館で、狭山事件の再審を求める北海道実行委員会主催で「狭山事件の再審を求める札幌のつどい」が開かれました。「ザ・スクープスペシャル(テレビ朝日)」上映後、実行委員会8団体を代表して、北海道平和運動フォーラム代表住友さんより、「石川さんの見えない手錠を一日も早くはずそう。北海道からもっともっと声をあげていこう」と挨拶がありました。鎌田慧さん(ルポライター・狭山事件の再審を求める市民の会事務局長)から「冤罪・狭山事件の真相」と題し「石川さん無実の証拠は数知れずあるが棄却され続けている。我々の力がまだ弱かった。冤罪に対してなかなか関心がもたれていない。しかし、最近冤罪は身近におきうる、との認識が広がっている。45年無実を訴え続けている狭山事件、石川さんの闘いに連帯し、大きな世論で裁判所をを包囲していただきたい」と話されました。狭山事件再審弁護団中北弁護士から狭山事件第三次再審請求の現状が報告されました。石川は「この三次で無罪を勝ち取りたい」と支援を訴えました。会場はあふれんばかりの人が来てくださいました。翌日の新聞にも大きく取り上げていただきました。
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| 車窓から白樺林が | 鎌田慧さん「無実を無罪に」 | 沢山の方が |
4月5日朝、北見の天気予報は雪とのニュースに一喜一憂しながら、オホーツク3号で札幌を発ち北見に。「エゾシカの出現で急停車することがあります」との車内放送に驚き・・・車窓からは変化する景色に驚き・・・北に進むにつれ、どんよりと雪空にかわっていく空に心配しながら・・・単線なので対向車の通過待ちをしながら・・・5時間近くかかって北見駅に着きました。北見の町は雪一色という感じでした。「狭山事件の再審を求める北見のつどい」は午後6時半から北見市民会館で開かれました。主催者の高橋さんから「北見に狭山再審無罪を勝ち取る闘いをもっと広げたい。北見は梅田事件で再審無罪を勝ち取った梅田義光さんが住まわれていた。昨年82歳で亡くなられたが、亡くなるまで狭山裁判を気にかけていた。部落解放同盟発行の機関紙「狭山差別裁判」を大事にしまわれていた。封筒には梅田さんが『狭山の石川さんは無罪だ』と書かれていた。梅田さんの想いが伝わってきた」と挨拶されました。こみあげるものがありました。梅田さんも長い時を殺人犯の汚名を着せられ、無期懲役が確定、そして仮出獄後、再審無罪を勝ち取りました。いつも石川一雄のことを気にかけてお手紙を下さっていました。同じ苦しみを味わった梅田さんの石川に対する思いが伝わってくるお手紙でした。集会が終わったのは午後9時近くになっていましたが、会場一杯に来てくださった皆さん、最後まで熱く話しを聞いてくださいました。集会を終え、帰られる方から(4人)「私は1994年、寺尾判決が出される前の10万人集会や、その後の集会に参加していました。石川さんがんばってください。私も北の国から応援しています」と固く握手をしてくださいました。
長い闘いですが、北の国からも沢山の人が応援し続けてくださっています。
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| JR北見駅 | 中北弁護士「事実調べを」 | 温かい声に励まされ |
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| 女満別空港への車窓から |
北海道は電車の中も会場も部屋も暖かくて
厚着をしていた私は汗がにじむほどでしたが
一歩外に出ると寒気が身にしみました。
北の国から、狭山支援の熱い思いと
エネルギーを頂きました。
40年前の4月4日、公民権運動の黒人指導者キング牧師が暗殺されました。
彼の有名な言葉に
「私には夢がある。子どもたちが肌の色でなく、人間性で判断される夢、
豊かさの海に浮かぶ貧しさの孤島がなくなる夢。
その日は来る。
信念があれば絶望の山から希望の石を切り出せる」
私たちも信念を持って希望の石を切り出します。