
1974年10月31日、東京高裁・寺尾裁判長が、石川一雄に「無期懲役」決定を打ち下ろした日です。その日、寺尾裁判長は「主文 原判決破棄し、無期懲役に処する」と言った後「無期懲役でも12〜3年で出られるからね」と言ったそうですが、石川は「そんなことは聞きたくない」と叫んだそうです。
その日から34年が過ぎた2008年10月31日、「狭山事件の再審を求める市民集会」が日本教育会館で開かれ、千人以上の人で会場は埋まりました。
開会挨拶で部落解放同盟中央本部・組坂委員長が「10月に開かれた国連・規約人権委員会で、石川さんが『無実』と、『証拠開示」を訴えてきた。30日、国連・人権規約委員会が日本政府に『証拠開示をするべき』と勧告した。国内外で『石川無実』が確信されてきている。さらに運動を充実させ、高裁に再審開始を迫っていこう」と力強い挨拶がありました。
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| 初めて手にした今回1回限りの パスポート(11月2日に返還) (大阪・南さん:写真提供) |
石川はパスポートを取り、10月15日、16日、スイス・ジュネーブで開かれた国連・自由権規約委員会の委員に直接、無実と証拠開示を英語を交えながら訴えたことを報告しました。そして「第3次で事実調べをしてもらいたい。なんとしても冤罪を晴らしたい」と訴えました。
特別報告として、ともに訴え活動をされた、部落解放同盟片岡中央執行委員が、国連での報告をされました。また、30日、人権規約委員会が日本政府に対して、狭山事件に関連するものとしては「代用監獄の問題点や、被疑者の権利として警察がもっているすべての記録にアクセスできるように保障されるべき」と証拠開示の勧告がされたことについて報告がされました。
第2部 シンポ「こうしてウソの自白はつくられる」では、狭山事件の再審を求める市民の会・事務局長 鎌田慧さんが進行 「志布志事件冤罪被害者」「氷見事件冤罪被害者」「狭山事件再審請求人」の関係者がそれぞれの立場で報告をしました。
皆さんの思いは「2度とこのようなことが起こってはならない。だから闘う」ということだと思います。
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集会終了後、午後5時過ぎから都内でビラ情宣行動を行いました。「志布志事件」「氷見事件」の関係者、そして私たちは有楽町で街宣行動を行いました。皆さんかわるがわるマイクをもち、警察の長時間の拷問的な取調べ状況、長期間の拘留等を訴えるとともに、来年から始まる「裁判員制度」にふれ、取調の最初から最後までの可視化(録画・録音)がされないと、冤罪被害者が増える可能性がある。可視化は絶対必要と訴えました。

冤罪被害者となったTさんは「マイクなど握ったこともなかった」「警察に連行されるとき『任意・強制』という言葉の意味さえ知らなかった」と話されました。「市民としてまじめに生きてきた。突然事件に巻き込まれた。マイクを握り、多くの人に訴えることになるとは夢にも思わなかった」との言葉に、石川の思い、悔しさや無念が重なります。
生活の全てが根底から覆され、苦しい生活を余儀なくされた皆さんですが「それでもボクはやっていない」との叫びと、支援して下さる人たちの力をわが力として、「がんばってきた」という輝きと誇りを見ました。