えん罪事件と人権・長野県集会

 2011年11月12日(土)長野県で「公正な裁判のために証拠開示と取調べの可視化を!」をテーマに「布川事件」桜井昌司さん、「狭山事件」石川一雄がそれぞれの思い、今後の闘い等訴えました。
 この集会に先立って、Tさん、Yさん、Nさんからお電話を頂きました。Yさんは今年86歳です。お元気ですが、この何年かは足が痛くて遠くには出かけられなくなったそうです。Yさんは30年以上狭山の支援活動をされていたそうですが、Yさんと初めて出会わせていただいた8年前、「以前、東京の狭山集会や、狭山現地調査に行き、一雄さんのお父さんや、お母さんにも会った。私も字が書けなかった。石川さんが獄中で字を覚えたと聞き、私も識字教室で一生懸命字を覚えた。字が書けるようになっても、文章を書くことはとても難しい。事件発生当時、字がほとんど書けなかった石川さんがあの脅迫状は書けない。字をしらなくて60歳から今も字を習っている私が石川さんの無実を一番良く知っている。石川さんが仮出獄で出てきたとき涙が出るほどうれしかった。」と話してくださいました。Yさんは、友人のMさんから「石川さんが12日に長野に来る、と新聞に載っていたけど、知ってる?」と知らされたそうです。そしてMさんが会場まで車で一緒に来てくださったそうです。集会が始まる前、Yさんは石川の手を握り締め、「早く無罪を勝ち取って知らせてほしい。」と話されました。

    

 主催者の中山部落解放長野県民共闘会議・議長から「狭山を全力で闘う」との挨拶を頂きました。布川事件・桜井昌司さんから布川事件の真相と、国賠を闘う決意が述べられました。石川は「12月の三者協議では隠されている証拠は必ず出されると確信している。皆さんの声、世論の声が狭山を動かす。最終段階に入った狭山の闘いにさらなる支援を!」と訴えました。

   
  
    
事実調べすれば私の無実は明らか
狭山事件・石川一雄 
国賠を闘う
布川事件・桜井昌司さん 


 会場には「公正な証拠開示の法制化を求める」署名用紙や、ドキュメンタリ映画「見えない手錠をはずすまで」のチラシなどが置かれていました。また、「新聞で集会を知った」というかたも来て下さり、えん罪や、狭山事件が市民の中に浸透されていることを感じることができました。11月3日(日)には狭山市駅で、11月15日、11月29日、12月6日には東京高裁前で「公平で公正な裁判を求める」アピール行動が行われます。石川はほとんど毎日のように狭山事件の真相と証拠開示、事実調べ、再審開始、を求めて支援のお願いに出かけています。狭山は大きく動いています。